金沢さんの後ろに続いているのは、大工の原田さんにデパ地下の漬物屋さんの神田さん、あとしんがりは靴の修理が専門の高田さんだった。
ほんとはもうとっくの昔に。え? わからないって思ってたら先を越された。
「え? もしかしてティアちゃん? なっつかしいね。あの頃は制服だったろう。千鳥格子のジャンスカでさ」
そう声をかけてきたのは、漁師の金沢さんだった。
「か、かなざわさん?」
「どうしたのよ、ティアちゃん。声うわずって。びっくりした?」
返事もできないままわたしは頷いた。
ジョージさんはどんな表情してるんだろうって思って振り返ってみたら必死でギターのチューニングをしていた。そういえば、
「俺、空気が読めなくておろおろしてるときって必ずチューニングしてんだよね。だからギターなかったら、生きていけないな。たぶん死ぬ」って言ってたのを思い出してそのまま、そっとさせてあげようと思った。
みんながこっちにやってくる。
「ティアちゃん。逢いたかった。今日は耳のうしろが痛くならないから雨降らないなって思ってたらさっき降ってきただろう。おじちゃんの天気予報もあっちに行くとあてになんないんだなって」
大工の原田さんは、天気予報士よりも天気があたるって評判だった人だ。
いつもそれを耳の後ろでキャッチしているって。
原田さんは漬物屋の神田さんにリクエストする。
「カンちゃんさ、あれやってあげなよ。カンちゃんの得意技だろう」
「大将、はやくはやく持ってきてよ3冷ホッピーてんこ盛り」
神田さんは芝浜さんに大きな声をかける。
さっきから何分経っただろう。カウンターにみんな腰掛けてる。神田さんの前にはキンキンに凍ったジョッキがあった。
「ティアちゃん、みてなよ」
原田さんは神田さんの手元に向かって声を放つ。無口な高田さんは目があった時、恥ずかしそうに微笑んでいた。
神田さんは、ホッピーの壜をさかさまにするぐらいいきおいよくジョッキに注ぐと、もこもこっと泡ができた。
「ほらね、ティアちゃん。神田さんが作るから神泡なのよ。神田さんの技はあっちに行っても衰えてないんだな。さ、ぐびっと呑みな」
神田さんはこの店の常連だったときから、<神泡>を呑んだ人にはすてきなことが起こるって噂がたって、地域情報誌に取り上げられたこともあった。
「いつだったか、一瞬ハートみたいな泡ができたんだよな」
「そうなの。えって? びっくりした」
「で、それをティアちゃんが呑んだんだっけ?」
「呑んだ呑んだ。もったいないけど呑んだの。わたしのバイトの最後の日で」
「で? いいことあったんだよな」
「もういいよ」