「まーそうならんように、がんばるけどな。社長さん曰く、今回は五手詰めの傑作だと……」
と営業は目の前の紙を隣りへ移動させた。
三手詰めでも難しいのがある。中でも江戸時代に作られたもので感心したことがあった。こちらがまず王手し、相手が守り、次に王手すれば終わり。それでも直ぐには解けない。理由は、多くの人が考えるクセをその作者は知っていたからだと思う。人は最初に考えた手から、なかなか抜け出せない。同じ手順を何度も考えてしまう。問題を解くというよりは、そこから脱出することの方が難しい。全ての王手を考えればいいのだが、一見簡単そうに見えると、油断してしまい、その魔のスパイラルに入ってしまう。
「五手詰めっちゅうたら、王手が三回だけやもんな」
とその細身は紙切れに目を落とした。
「そうやで、相手は二回守るだけや、楽勝やろ、西田?」
「いやいや……」
「そう遠慮するなよ」
「なんでやねん」
「西田、将棋得意やって、聞いたで」
「誰がいうてんねん」
「わしやけどな」
二人は笑って、少し飲み喰いした。
「井上、囲碁の方は正解したんやろ?」
「そんなもん、自力とちゃうで、結局友達に聞いたんやけどな……」
「今度もそうしたら……」
「西田、お前、その図、見たやろ」
「まーな」
「なに照れてんねん」
「いやいや、でもな……」
「でもな、やないやろ。ちょっとぐらい考えてーや」
と営業は技術の肩を自分の肩で少し押した。
「ちょっとだけよ……」
「加藤茶か」
「ほなら、俺の後は、お前な」
「いやーわしは、もうええわ」
「なんちゅう気弱な営業やねん」
「いや、ここは技術の出番でしょ」
「解けたら、おごってや」
と細身の方は紙を摘み上げ、メガネを外した。
「しゃーないなー」
と太った方は飲みながらテレビに目をやった。
こちらとしては、その図が描かれた紙が気になって仕方ない。透けて見えそうでそうでない。
しばらくすると――。
「確かに難しいなー」
と技術の方がいった。