小太りで丸顔の男が隣りに座る長身で細い顔に銀縁メガネを掛けた連れに説明した。
「そうなんや。初めてやわ。まーとりあえず、お疲れ様でした」
二人で乾杯と――。
ここまではなんということもない会話だったのが少ししたとき、その二人から珍しい言葉が急に耳に入ってきた。
「詰め将棋やて……」
と小さい方が呆れた感じでいった。
詰め将棋――。連続の王手で相手の王将を追い詰めるゲームのことだ。そういえば、この店で将棋はたまに聞くけれども――。
「しかし、あの社長、前は詰め碁で今度は将棋やで」
と丸顔の会社員は微笑みながら紙切れを一枚上着の内ポケットから取り出し目の前に置いた。
こちらからはなにが書いてあるのか見えない。しかし、詰め将棋を仕事に使う人がいるとは初耳だった。その二人をまじまじと見るわけにはいかず、テレビを観るふりをして、ついつい聞耳が立ってしまう。
「まー井上が気に入られてるからやろうけど……」
と細身の方は技術系なのか少し神経質そうに応えた。
「いろんなお客さんがおるけど、あの人はホンマに変わってるわ」
「前回は囲碁の問題やったの?」
「そうなんよ。それは俺もやるからなー。でも難しかったわ」
「それで解けたから、発注してくれはったんや?」
「そうそう、嘘みたいな話やろ?」
「まーうちの技術があってのことやろうけど……」
とメガネの方はニコリ。
「それがな、解けたらええっちゅうもんやないねんで」
「どういうこと?」
「あの社長、どこをどう悩んだかを聞きはんねん」
「一応ちゃんと考えたかを確かめはるんや」
「そうやがな。ネットとかソフトで簡単に解いたかどうかをチェックするためやろなー」
「なんか、暇な人やなー」
と長身の方は感心した。
「それをいっちゃー、お仕舞いよ」
と小さい方はニコリ。
「しかし、解けへん場合は仕事くれへんねんや……」
とメガネの男は眉間に皺を寄せ、ジョッキを口に運んだ。