ヨシキが、湯船に入ると、直ぐに水を止めた。
「まだ、熱い。」
不服そうにヨシキが口をとがらせて抗議する。
「大丈夫。直ぐなれる。」
「えー。熱いよ。」
文句を言っているうちに、どうやら落ちついた様子で、湯船の縁を電車の線路に見立てて、遊び始めた。
「ぼく、いくつだい?」
そんな様子を眺めていた、坊主頭のおじさんに声を掛けられていた。ヨシキは、振り向いて、
「5歳」
と、答えた。しかし、手の指は、4を示していた。
「ヨシキ、それは4だろ。5は、パーだろ。」
ヨシキに手を広げて見せながら言った。
「あ、そうだった。」
もう一度、はにかんで
「5歳」
と、言い直す。
「そうかい、お利口さんだね。」
軽く、ヨシキの頭を撫でて、その人は、風呂からあがっていった。
「お利口さんって、言われた。」
「そうか、良かったな。」
すっかり温まったのか、ヨシキの頬は、赤くなっていた。
着替えを済ませたヨシキが、
「おじいちゃん、コーヒー牛乳飲みたい。」
と、マッサージチェアーでくつろいでいる私に言った。
「もっと、いいものを飲むから、少し我慢しなさい。」
「もっと、いいもの。もっと、いいものって何?」
「ここを出てからのお楽しみだよ。」
銭湯を出て、路地を二つ折れると、焼き鳥屋の「鳥正」がある。親父の代からの昔馴染みの飲み屋である。店先に置いてある樽の中には、串や柳川鍋にされるドジョウがウネウネと泳いでいる。ヨシキは、珍しそうに覗きこんでいた。縄のれんをくぐり、店の中に入る。
「いらっしゃい。あら、ボクちゃんも一緒なのね。いらっしゃいませ。」
明るいおかみさんに促され、カウンターに並んで座る。
「何になさいます?」
「ホッピーの白で。チビには、オレンジジュースをお願いします。」
「チビじゃない。ヨシキだよ、ヨ、シ、キ。」
「はい。ヨシキちゃん、少し待っててね。」
おかみさんが、そう言うと、ヨシキは、満足そうに頷いていた。
奥から、しっかりと凍らせてナカを注ぎ入れたグラスと、茶色い小瓶のホッピーが運ばれてきた。ヨシキの前には、サクランボが、一つ入ったオレンジジュースだ。
ホッピーを勢いよく注ぐ。私は、昔ながらの3冷が、一番しっくりくる。泡の量は、好みだが、私は、しっかり泡を立てる。ヨシキと乾杯をした後、ギュム、ギュムっと音を立てて、カラカラに乾いた喉に、冷たいホッピーを流し込む。ホッピーの爽やかさと冷たさに潤されていく。これが、何と最高に旨いことか。
「はぁー。」