馴染みの銭湯は、今でも薪を焚いて湯を温めている。湯銭は、自動販売機になっていて、お金を入れると、入浴券が出て来る仕組みだ。ヨシキが、発券ボタンを押したがるので、抱っこして押させてやる。大人一人、小人一人の券が、ガチャンという音と共に取出し口に出てきた。番台が、無くなった代わりに、男湯と女湯の入り口の中央が、フロントになっている。
「大人一人、小人一人ね。」
と、言って入浴券を渡す。
「はい。ごゆっくり。」
と、フロントの親父が返事をする。脱衣所は、全て鍵付きのロッカーになっている。いつの頃からか、脱衣籠が消えていた。
「じいちゃん、あれ、なぁに」
ヨシキが、指をさす方を見ると、最近では、すっかり見る事が無くなったアナログな体重計があった。「そうか、ヨシキは、見たことがないのか…。」と、心の中で思う。
「体の重さを図る機械だよ。」
そう言って、素っ裸のヨシキを体重計に乗せた。古い体重計は、ビヨーンと針を震わせて動き、やがて、止まった。
「これが、ヨシキの重さだよ。どれどれ、18キロだな。」
「ふーん。」
「こらこら、壊れるから、計りの上で、ピョンピョン動いてはダメだ。」
針が動くのが面白いのか、つま先立ちになって、踵を落として遊ぶのを制して、体重計から下ろし、浴場へと向かった。デジタルの体重計しか見たことが無い、これも時代の流れである。
タイル張りの床と壁、高い天井、排煙窓、時々落ちてくる滴、響く水と桶の音、人の声。古いが、掃除が行き届いている浴場は、とても気持ちがよいものだ。身体を流し、のんびりと、手足を伸ばして、大きな風呂につかる。少しピリッとする熱めの湯の刺激が、何とも心地よい。
洗面器に入れたお湯に石鹸箱を浮かべて遊んでいるヨシキに声を掛ける。
「ヨシキ、少しは、湯船に入って、温まりなさい。」
「えー、熱いからやだ。」
「ダメだよ。風邪ひくから。」
「もう、しょうがないなぁ。じゃぁ、うめてよぉ。」
仕方なく、他に湯船につかっている人に声を掛ける
「すみません、少しだけ、湯をうめて、いいですか。」
「どうぞ、銭湯の湯は、子供には熱いからねぇ。」
「すみません。」
蛇口をひねり、勢いよく水を足す。
「ほら、入れ。」
湯をかき混ぜながら、ヨシキを湯船に入れる。