店の脇に停めてある自転車に乗った。配達用の大きめの自転車だ。荷台のかごのプレートには、剥(は)げかかった文字で、「小橋酒屋」としょんぼり記されている。
和真はバイト先へと自転車を走らせた。ペダルを漕ぐたびに、かっこんかっこん、と間抜けな音がなる。本音をいうなら買い換えたい。しかし、我が家に経済的な余裕がないことを、和真はよく分かっている。
和真はマフラーにあごを深くうずめた。冷たい風が無言で和真の耳を突き刺す。あんなオンボロな家早く出ていきたい、と思った。あんな小汚ない酒屋―毎日毎日、酒を売って、呑んだくれの相手をして……。天国の母さんの目には、小橋酒屋はどう映っているのだろう。和真は鼻をすすった。
分厚い雲に覆われた下町の夜を、和真は猫背になりながら走った。しばらくすると、バイト先の看板が見えてきた。
「はあ……バイトか……」夜の闇に、白いため息を吐いていた。
2
店内はじょじょに混みはじめてきた。
自動ドアが口を開き、客の気配を感じるたびに、心が重たくなっていく。和真は頭をフル回転させながら、レジで接客に当たっていた。
駅前のカフェということで、客足は途絶えることはなく、学生からサラリーマンまで幅広い客が出入りしている。イヤホンをつけながら勉強に励む学生、横並びに座るカップル、ノートパソコンとにらめっこするサラリーマン。他人の集まりが、この空間をカフェとして彩らせている。
レジには、少しずつ客列ができていた。和真は、注文ミスやレジの打ち間違えのないよう、神経を使い業務に取りかかっていく。
「お待たせしました。ご注文どうぞ」
和真は、順番待ちをしていたサラリーマン風の男にいった。男は携帯電話を耳に当て通話している。
「お客様、ご注文は?」再度くり返す。
「ホット、普通で」
男は通話の隙間をぬって和真に注文した。声はぶっきらぼうだった。注文し終えるとすぐに通話先と盛り上がった。
「お客様、Mサイズでよろしいでしょうか?」
和真の確認が聞こえないのか、男は話し込みながら、小銭入れをがちゃがちゃ漁っている。
和真は鼻から息を漏らしそうになった。
「普通」の定義は、個人で違う。ほとんどの客は、Mサイズが普通の認識で注文する。が、当然、人によってはSサイズを「普通」として認識している。以前、「普通」とオーダーされたので、Mサイズのカップを渡したら、「私にとってはSが普通だ!」と怒鳴った中年女性がいた。店側としても、Sサイズが一番売れ行きが良いため、普通を一般的ととらえるならば、Sサイズが普通と思う瞬間もある。
和真は声のボリュームをあげて再度訊いた。