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その男の子は、「ポッピーポッピー」と、お祭り騒ぎではしゃいでいる。おかっぱ頭をしていて、年の頃はおそらく四、五歳だと思われる。
手に持った黄色のクレヨンを、こちらに向けると、目を細めて微笑んだ。ゴムまりのような真ん丸な顔が、くしゃりと形を変える。
その瞬間、大きな光の玉が男の子を包んだ。「ポッピー、ポッピー」と甲高く何度も叫ぶ声は、しだいに薄くなっていき、線香花火のように消えた。
同時に、夢から覚めた。小橋和真(かずま)の視界には、天井が映っていた。見慣れた黒い染みが点々と広がっている。
はっ、と自分の部屋だと気づき、ふっ、と小さく息を吐いた。へんてこりんな夢だった、と思いながら、ベッドに腰をかける。寝ぼけ眼(まなこ)を壁の時計に向けると、針は6時30分を指していた。学校から帰ってきて、制服のまま一時間ほど眠ってしまっていたらしい。窓の向こうは、すっかり夜の帳が下りていた。冬の輪郭をなでるようなわびしい風が、木々の葉を静かに揺らしていた。
幸せに満ちたにぎやかな声が、一階から響き渡ってきた。おそらく、常連客の山岡さん達だろうな、と和真は彼らの顔を思い浮かべた。酔っ払ったダルマ顔がみっつ、焼酎に心を許しているのだろう。
和真の自宅は酒屋を営んでいる。下町にひっそりと店をかまえる小橋酒屋。一階が酒屋で、二階を住まいとしている。
小橋酒屋は、和真の父、源一郎が、一人で切り盛りしている。祖父の代から受け継ぐ酒屋で、角打ちもできる。角打ちとは、その場で買ったお酒を、店頭で立ち呑みすることだ。立ち呑み屋との違いは、店主が厳選したお勧めの酒を味わえたり、気に入れば持って帰ることもできることだ。
スマートフォンの振動が、テーブルに大きな音を響かせた。和真の肩がびくっと反応した。画面を確認すると、早水莉奈(りな)からの着信だった。
「もしもし。なんだよ、莉奈」
『もしもし、カズ? あのさ、お願いがあるんだけど。ごほっごほ……』
莉奈の声はひどくしゃがれていて、また、申し訳なさが詰めこまれていた。
和真は眉をひそめて訊いた。
「お願い? まさかバイトのシフトを変わってくれ、じゃないだろうな?」
「正解~! さすが幼なじみ」
「正解~じゃないよ、まったく」
和真と莉奈は、同じ町内に住む幼なじみだ。保育園の頃からずっと同じ景色を見て過ごしてきた。通っている高校も同じ。おまけにバイト先も同じという青春ドラマ顔負けの間柄だ。
『風邪で熱が下がらなくてさ。お願い』莉奈が手刀を切って詫びているのが和真には想像できた。
「何時から?」
『……夜の七時』