「しょうがねーだろ。『ダーツで当たったところに入社する』って決めたんだから。それに、卒業旅行でよくわからない海外回るよりは、面白いし安く済む」
「普通に俺と会社をやればよかったのに。最近ビックキーワードも取れて、結構な広告収入になってるぜ」
小椋は仮想通貨で得た元手を使って、SEOメディアの会社を立ち上げた。クラウドワークスで安く記事を作り、検索で上位に表示させ、そこそこの広告収入を得ているらしい。
最近は、葬式と美容整形だな、と小椋が笑った。
「まぁ、お前がいいならいいけど。別にいつ辞めても大丈夫だし」
「これからよろしく」
「よろしくお願いします」
おっさんというか、おじいさんに近い人の握手を握り返す。
テーブルの上に、マーケティング部長と書かれた名札が置いてあった。
まぁ部長と言っても、マーケティング部自体、5人しかいない。
「早速だけど。前島君には、この商品の担当をしてもらおうと思う」
渡されたのは、どこにでもありそうなラムネの瓶だった。
「これですか?」
シュールすぎて吹き出しそうになるのを、ぐっと抑える。
「あぁ、君は新入社員の中でも、肝いりらしいな。これはうちの看板商品だ」
もう真面目な顔で言わないでくれ、笑いそうになる。
確かに、この会社の面接に行った時は、面接官が驚いていた。そもそも、大卒が受けに来ること自体が珍しいらしい。
「ありがとうござます」
ちゃんと愁傷な顔になっているだろうか。
「あと、新人は新人の仕事があるから」
「おい、山田」とフロアに響き渡るぐらいの声で叫ぶと、一人の男が立ち上がった。
まるで外資保険会社に勤めているような、目に痛い真っ青なスーツに、しっかりジェルで整えられた髪型。全体から滲み出る、痛いくらいの清潔感。
「これが新入社員の前島だ。山田、お前の仕事を受け渡してくれ」
山田と呼ばれた社員が「はい!」と軍隊ばりの発声をして、こちらを向いた。
「これからよろしくな」
「で、新人の仕事だけど」
山田から一枚のワードを渡される。ずらずらと箇条書きで並んでいる。
「まず、新人は朝7時に出社。掃除を行う」
笑ってしまった。そっか、まだあるんだ。こんな会社。
「了解っす」
「そこは、承知しました、だ」
山田がやれやれと手をあげる。
「え?」
「そういうところもしっかり言っていくからな。言葉使いから、学生気分をなくしていくから」
「あ、はい」
どこか、夢見心地な気分になる。本気で言っているのか?
「すいません。ちょっといいですか?」
「おう」
「山田さんって何歳なんですか?」
「今年で30歳だ」