そのあと、グダグダと自分の若い頃のエピーソドを一頻り喋り散らした後、乾いた拍手と共に社長は壇上を降り、どこかへ去って行った。
「前島くんも二次会行く?」
胸元に名札をつけたニキビ顔の男が、馴れ馴れしく聞いてくる。
「いや、ごめん。この後、両親とご飯なんだ」
「そうなんだ。そっか。じゃあ、もし終わったら連絡して!」
前島は会社から少し離れた後、タクシーに乗り込む。
外は、まだ寒い。上着を持って来ればよかった。
「渋谷で」
「何そのコスプレ」
カードキーをかざして店に入った瞬間、小椋が手を叩いて品なく笑った。
「今日、入社式だったから」
前島はネクタイを外しながら、「いつもので」とマスターに告げる。
「で、どうだった、社会人体験の初日は?」
「全体的にエモかった」
席に着くなり、小椋が興味津々の顔で尋ねてくる。
「もしビットコインであたり引いてなかったら、あんな感じでリーマンやってたんだなぁと考えると、絶望」
小椋と前島は、小学校からの付き合いで、前島がビットコインに手を出そうとした時に一番最初に声をかけたのも、小椋だった。
「なんか、金を入れると、絶対儲かるらしい投資案件があるんだけど」
バイト終わりのデニーズで、前島が真剣な顔で言った。
「大学生」というステータスにも飽きて来た、そんな大学二年生の頃だった。
「お前、大丈夫か?変なネットワークビジネスに引っかかってない?」
小椋は心配そうな顔をしていた。
「いや、絶対に儲かるんだって。ほら、前話しためっちゃ金持ちになった先輩いるじゃん?」
「あぁ、あのソシャゲー株でめっちゃ儲けた人?」
「その人がこっそり教えてくれたんだ。これから絶対来るって」
冷めて酸っぱくなったコーヒーを飲み込む。
「で、なんなの?」
「とりあえず、二十万円貸してくれ」
「マジか」
小椋の不安が濃くなる。
「前島は何円張るの?」
「四十万円」
「マジか」
「貯金の全額だ」
その四十万円は、小さいころからコツコツ貯めてきた、前島の財産全てだった。
「親に相談したけどダメだ。全然話が通じない」
小椋が黙る。
「なんで、前島はそんな賭けに出るんだ?」
前島は大きく口を開いた。
「このまま人生続けても、たかが知れてるだろ。社会に出たら、一生奴隷やることが見えてる。だったら、一発勝負に出るしかないと思って」
小椋は宙を眺めると、「いいよ」と返した。
「二十万円、お前に預けるわ。まぁ最悪バイト頑張ればなんとかなる額だし」
あれから仮想通貨は、本当に冗談みたいに跳ね上がった。前島と小椋の元手の金額は桁が変わり、なんら努力もせず、ほぼサラリーマンの生涯年収と並ぶほどになっていた。
「まぁひとまず、サラリーマン初日お疲れ」
「あぁ」
前島がタバコに火をつける。
「てか、どんな会社なの?」
「なんか、色々な飲み物を扱っている小さな会社ぽい」
へぇ、と興味がなさそうに小椋が頷く。
「そんなしらねぇ中小企業でサラリーマン体験やって楽しいかね」