玄関先で母が言う。父は仕事でいない。
「お父さん、あんたと話してるの楽しそうだったわよ。」
「そう?説教ばっかりだったけど。」
「私と二人の時はほとんど喋らないんだから。だけどこの三日間は布団に入ってからもベラベラとあんたの事話してるのよ。うるさくてしょうがない。」
「なに話してんの?」
「お酒飲んでる時と一緒。本当にちゃんと生活できているのか、俳優はどうなんだ、とか同じような話を何度もしてくるから無視して寝たわ。」
父の意外な姿に笑ってしまった。
「年なのか分かんないけど、あんたの事心配してるのよ。」
「また帰ってくるよ。」
「そうして下さい。」
「あ、それと聞きたい事あるんだけど、何で帰って来た日の夜は飲むまであんまり話しかけてこなかったの?」
母は苦笑する。
「深い意味はないわよ。始めから私ばっかりベラベラ話してもしょうがないでしょ。あくまで自然にね。いつものホッピーでなんとなく話が始まった方が自然でいいでしょ。」
さも当然のように話す。
「そういう事だから、またホッピーをお土産に帰って来なさい。あとホウボウも。お父さん気に入ってるわよ。」
「分かった。それじゃあね。」
「気を付けて帰りなさい。」
静かに玄関の扉を閉める。
どうなるのか不安だった帰省が終わった。8年ぶりの帰省は上手くいったのではないだろうか。ホッピーとホウボウに感謝。それとマスターにも。
そして嬉しい事がもう一つ。
福島の新幹線乗り場に着くと携帯電話が鳴った。俳優事務所のマネージャーからだった。
「この前受けたドラマのオーディション受かったよ。」
「え、本当ですか!?ありがとうございます!」
「なので、台本届いたらまた連絡します。」
「分かりました!よろしくお願いします。」
電話を切る。「よし。」と小さくこぶしを握り、素晴らしい展開に顔がにやける。
そして新幹線が到着し、ドアが開く。
今度実家に帰るときはもう少し有名になって帰りたい。いや、なって帰ろう。
もちろんその時はホッピーとホウボウも一緒に。