でもまあとりあえず酒でも飲むか。飲みたくなったものは仕方ない。先のことなんて分からないけれど、分からないなりに、飽きるまで転がってみるしかないのかもしれない。転がり続け、回転していくしかない。祖父はもういない。学べる姿は思い出の中。ならば、このマドラーを持って進むしか。
現実はいつだって過去と未来に突き刺さるけれど。私はけっこう、部屋をごろごろ行き来するのでいっぱいいいっぱいだけれど。
マドラーの頭をつまんでみると、ほかの部分はやっぱりしっくり来ないけれど、添えた中指だけがちょうどよく窪みに収まった。祖父もこんなふうに、やさしく中指を添えていたのかと思うと、見えていた部分だけではないやさしさが浮かんでくるようだった。
その日から私は忘れるために酔っ払うことはしなくなった。ナカをむやみやたらに濃くすることもしなくなった。できる限り笑顔でいようと思った。いくつもの悲しい夜があるに違いないけれど、その時はまた考えよう。
祖父の遺したマドラーは、いびつではあるが、やさしく歪んでいる。ホッピーの泡はどんな夜にもやさしく弾ける。私は、ホッピーが好きなのだ。
どうもどうも、寒くなってきましたねえ。過去に思いを馳せながら、昨夜仕込んでおいたモツ煮に火を入れる。大鍋で作ったから、しばらくアテはモツ煮だな。弱火でじっくり煮込んでいく。
ホッピーで割った焼酎から焼酎だけ取り出すのが不可能なように、マドラーが使い込むことによってかたちを変えたように、私も過去の姿に戻ることはできない。
しかし、ホッピーだけを飲んでいた祖父の楽しそうな表情と、このマドラーが二十歳になったばかりのころの祖父が作ったものであるという事実が変わることはない。
過去も未来も現在も混ぜてゆく。モツ煮がぐつぐつ言っている。鍋をおたまでぐるっとかき混ぜて、グラスの中のホッピーと焼酎も軽くマドラーで回して、夜をつないでゆく。