夢でありながらどこか現実味のある光景で、その境界線が曖昧な素敵な夢は目が覚めても心地良かった。
「よく寝てたね。スイカ食べるかね」僕の答えを待たずに、ばあちゃんは既にお盆に乗せたスイカを運んできて言った。じいちゃんは、まだイビキをかいて寝ている。
「おじいさん、スイカですよ」と、ばあちゃんの甲高い声にも目を覚まさないので、僕がじいちゃんの肩を強めにトントンと叩き、耳元で「じいちゃん!」と呼びかけると「あぁぁ、朝か」と、大きなあくびをしながら漸く目を覚ました。
じいちゃんは頑固で口数が少ない。それとは反対に、ばあちゃんは明るくよく喋る。対照的な二人だけど、大きな優しさだけは同じだった。
縁側に座り、海を見ながら食べるスイカはとても美味しくて、誰のタネが一番遠くまで飛ぶかなんて競うのも楽しかった。
夏になると毎年のようにじいちゃんの家に行き、いつも期待を胸に海を眺めた。しかし、いつになってもイルカが現れることはなかった。それでもじいちゃんは「いつか、きっと戻ってくるさ」と言い続け僕はそれを信じていたが、四年生にもなると本当にイルカなんか来るのかなんて懐疑的になり、やがて信じることをやめていた。そして、中学生になると部活や友達との付き合いが忙しくなり、じいちゃんの家に行く足は遠のいた。会うのは法事などの行事がある時くらいになった。
中三の夏、別れは突然訪れた。ばあちゃんが亡くなったのだ。大腸癌を患い入院治療を続けていたが、とうとう病気には勝てなかった。
「久しぶりやな、良い顔つきになったな」と、じいちゃんは悲しい素振りなど見せず気丈に振る舞ったが、久しぶりに会うじいちゃんは小さく見えた。親戚一同でお通夜の準備をしていると、さっきまで陣頭指揮を執っていたじいちゃんの姿が見えなくなった。僕はひょっとしてと思い浜辺に向かうと、波打ち際に座るじいちゃんの姿を見つけた。僕はそっと近付き、隣に座った。じいちゃんの手に握るホッピーの入ったジョッキは、水平線に沈みかけた夕陽に照らされて黄金色に輝いている。
「ここは変わらんね」
「お前は立派に成長して、じいちゃんは老いぼれた。それだけは変わったな」
じいちゃんは笑いながら、喉を鳴らしてホッピーを飲んだが、その目に涙が滲んでいるのが見えた。
「寂しい?よね」
「人の命はいつかは尽きる。頭ではそう理解していても駄目だな」
じいちゃんは一気にホッピーを飲み干すとジョッキを砂の上に置き、大の字になって空を仰いだ。
僕も同じように寝転んで空を見上げた。少し赤みを帯びた空は、青色とのコントラストが憎らしいほど美しかった。
人の死を経験し、涙を流したのは僕の人生でそれが初めてだった。
月日は流れて僕は二十六歳になり、そして一児の親となった。自分が父親となり子どもの成長を楽しみに日々過ごしていると、幼き息子を残して逝った父さんがどれだけ無念だったか痛感する。