鍵を開けると静かな家の中では、居間の灯りが点いているだけで、その隣の暗くなった部屋では、喜久恵が横になっていた。
居間からの灯りが薄い障子を透して、喜久恵の横顔を僅かに照らしていた。
ベッドに近寄り覗き込むと、それは深い眠りについているような、穏やかな寝顔だった。
「母さんただいま、おやすみなさい。」
そう呟いて部屋を出ようとすると、ある光景に足を止めた。
ホッピーの空き瓶に挿さったコスモスの花が、居間の灯りを受けて、障子に薄っすらと影を落としていた。
それは障子越しに横たわる喜久恵の目線に、届く高さに置かれていた。
守と喜久恵の、思い出の影。
大切な記憶の影が、そこにあった。
「父さん。」
コスモスの影が、頷いた。
あの頃も、そして今も、心を届ける影がある。
居間の灯りが、やさしかった。