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国際短編映画祭につながる 短編小説「公募」「創作」プロジェクト 奇想天外 BOOK SHORTS

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『どうぞの椅子』サクラギコウ

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 5月の風が吹く気持ちの良い日だった。住宅街の空き地に手作りの椅子が置かれた。土地の所有者はすでに亡く、相続した子も持て余している15坪ほどの土地だった。家を建てるには狭過ぎるのだという。突然現れた椅子を誰が置いたのか誰も知らなかった。
 椅子は手作り感満載で廃材と竹で骨組みが作られベンチ型をしていた。簡単な屋根も付いている。背面は西側になるためか葭簀が張られていた。座面に置かれた2枚の座布団は汚れもなくひと目で手作りだと分かった。椅子の横の立て板に「どうぞご自由にお座りください」と書かれていた。
 咲羽がこの椅子の存在に気づいてから3日になる。住宅街にはお年寄りも多くいるが誰かが座っているのを見たことがなかった。

 幼いころ咲羽は、母にねだってよく児童書を読んでもらった。特にお気に入りだった本に「どうぞのいす」という絵本があった。うさぎさんがいすを作って森に置くという話だ。
「うさぎさんが つくった しるしに いすに みじかいしっぽを つけました」というところを鮮明に覚えている。そこを読むときはきゃっきゃと声を上げ、何度も何度も読んでくれるようせがんだ。
 咲羽はふと思った。うさぎさんが作った「どうぞのいす」は森に置かれた後どうなったんだろう。思い出せなかった。

 椅子に気づいてから5日目の午後3時ごろのことだった。椅子には西陽が当たっている。お爺さんが座りコップに入った水を飲んでいた。知らないお爺さんだった。
「この椅子、お爺さんが作ったんですか?」
 咲羽が声を掛けると
「俺じゃあないよ」と答え、横に置いてあった一升瓶を持ち上げコップに注いだ。コップの中身は水ではなく焼酎だった。
まだ陽が高かった。明るいうちから飲んでいることに咲羽は釈然としないものを感じた。この椅子を作った人はここでお酒を飲んでほしくて作ったのではないような気がしたのだ。
「まだ昼間ですよ、お爺さん」
「ごめんな、お嬢ちゃん。息子の命日なんだよ」
 咲羽はすぐに悔やんだ。偉そうに言ってしまったと恥ずかしかった。18才で逝った息子さんとは、20才になったら一緒に飲むのを楽しみにしていたとお爺さんが言ったからだ。もう14回目の命日なのだという。

 それからしばらくの間、朝の通勤時と夜暗くなってからしかそこを通ることがなくなり椅子のことも忘れかけていた。
 プレミアムフライデーが会社に導入された最初の日だった。夕方からの飲み会の約束があったため午後の3時頃一度帰宅した。

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