「いやいや。たいしたことねえよ。階段で足を踏み外してひびが入った程度だ。おとなしくしてりゃ、あっという間に治るよ」
はい、おつかれさまといいながら、店長は弥生にコップに冷たいお茶をいれてカウンターに置いてくれた。弥生はカウンターに座り、いただきますといってコップに口をつけた。
「ただなあ……。ひとつ問題があるんだ。来月の半ば、大きな祭りがあるだろ?」
店長もコップのお茶をごくりと飲みながら頭をぼりぼりと掻いている。
「お祭りって、商店街を抜けた先にある八幡宮のお祭りですか?」
「そうそう。八幡様のお祭りには屋台がずらりと並んで毎年賑やかだ。商店街の連中も、ここぞとばかりに店だしてな。まあ、一年のうちで一番の稼ぎ時だな」
そういいながら店長は一枚の紙をぺらりと取り出した。
「弥生ちゃんも、ちょっと考えてくれるか?」
店長が取り出した紙には「みなもと商店街・夏祭りポスターについて」と大きな字でプリントされていた。どうやら、夏祭りに向けて商店街でポスターを作成するらしい。そのポスターに載せたい商品がある場合には期限までに用紙に記入して提出するように、と書かれている。
「え! もう締め切り今週の土曜までじゃないですか。今日木曜ですよ?」
弥生はぎょっとして店長の顔をみる。店長はちょっと分が悪そうに、目線を逸らした。
「いやあ、じつは毎年特製唐揚げ串を作ってな、店先で売ってんだよ。食べ歩きできるようにしてな」
「うわあ、おいしそうですね」弥生は思わず唾を飲み込む。店長の作る唐揚げは人気なのだ。「じゃあ、今年も唐揚げですか?」
「唐揚げ以外にもなんか新しいのも作りたいって、うちのヤツがあれこれ試してたんだ。ところが、怪我しちまったもんだから……」店長はふうっと大きく息を吐いて腕を組む。
「八幡様のお祭りは、毎年目が回るほど忙しいんだ。難しくなくって、それでいて目新しい一品がほしいんだよなあ……。弥生ちゃん、なんか、無いか?」
店長は腕を組みながら、困った様子でまたため息をついた。弥生も、こんな相談をされるとは思っていなかった。うーんと唸りながらカウンター越しに頬杖をついて悩んでしまった。せっかくお世話になっているお店の一大事だ。なにか役に立ちたいと思うものの、これと言ってなにも思い浮かばない。
「……困りましたねえ」弥生の口からもついポロリとこぼれ落ちた。
ふたりでうんうん唸っていると、店長がふとひらめいたようにこう言った。
「そういや、弥生ちゃん自身が夏によく食べているものって何だい? 夏に食べた思い出の品とか……」
「え? 私の思い出ですか?」そんな風に聞かれても、弥生は「夏の思い出なんて、何かあったかなあ……?」と頭をひねる。
「えーっと。確か、小さいころは夏になるとおじいちゃんの家に遊びに行ってました。やっぱり夏祭りで、花火がお家のベランダから見えて。楽しかったなあ」