設計事務所の給与は高くない。懐具合を心配する私に
「心配するな、社長からちゃんとカンパ貰うから」
銀座四丁目から歩き出す。私は期待一杯について行った。五丁目まで来て、みゆき通りを有楽町方面へ右折した。この通りにはシャネルなどの高級店が並んでいる。どこまで行くのだろうと横沢さんの顔を見た。
「いい店だ。気に入ると思うよ」
そう言って、またニヤリとした。このニヤリが気にならなかったわけではないが、とにかく銀座だ。ショッピングもこの町は敬遠の対象だった。レストランも高そうなお店が多い。
銀座西五丁目まで来た。東急プラザの裏辺りだ。これなら待合せは銀座でなく、有楽町の方が近いのにと思った。
銀座西五丁目の交差点を渡り、細い路地を左に曲がった。その通りも高級そうな飲食店が並んでいた。
右手の小さなビルの一階にラーメン屋さんが見えた。横沢さんは迷わずラーメン店に向かっていく。
「えーラーメン⁉」
付いていくとラーメン店ではなく、その横の階段を上って行った。二階へ行くには表から見えないその階段を上るしかないようだ。
二階へ着くとすぐに店内だった。そこには「立ち飲み酒場 黄色いカラス」という看板があった。今まで体験したことがない異空間が広がっていた。
店内は客で満員だった。壁いっぱいにメニューが貼られている。ドラム缶が4個置いてあり綺麗な黄色に塗られていた。客はそれをテーブル代わりに飲んでいる。立ち飲みだが20人も入れば、身動きできなくなるほど狭かった。
昭和の時代に紛れ込んだような、古くてチープな店内だ。まるでタイムスリップしたかのような、不思議な感覚になった。
入口で待っている間に、横沢さんがこういう店を「せんべろ酒場」と言うのだと教えてくれた。千円でべろべろになれるからだ。
店内の張り紙にはマスターのお願いが貼ってあった。
「記憶があるうちにおうちに帰ろう!」
おでん400円の張り紙の横には
「女の子には優しくしないとね!」
生250円の張り紙の横には
「お代は前払いダヨ~ン」の張り紙が貼ってある。
暫く待っていたら中央のドラム缶が空いた。私たちはそこに陣取った。横沢さんが灰皿のような器の中に千円札を2枚入れた。
「ホッピー2つ、白ね!」
少し待つと店員さんがジョッキを2個にホッピー2瓶持ってきた。灰皿のような器から千円札を1枚抜くと前掛けのポケットに入れ、チャリンと100円玉を4枚戻した。
ホッピーが2人分で600円だ。一人前ならワンセット300円ということになる。あまりの安さに驚いた。
ホッピーを飲むのは初めてだった。ジョッキの中には焼酎が入っていた。横沢さんのマネをしてホッピーを注いだ。
大事な話をする雰囲気ではなかった。仕方がないからホッピーを飲んだ。ビールのような爽快感が喉を通っていく。美味しかった。
早くも1杯目を一気に飲み終わった横沢さんは「中ひとつ!」と言って焼酎のお代わりを頼んだ。「中」は焼酎、「外」はホッピーのことだというのもこのときに知った。
店員さんが注ぎ口のついた焼酎の入った瓶を持ってきて、シューッと5秒ほど注ぐ。横沢さんが〝どうだ旨いだろ?″という顔をしてこちらを見ていた。
「で、なんだ、相談って?」
「ここで言うんですか?」
「そのために、今日誘ったんだろう?」