冷えたジョッキを片手に、親父の隣に胡座をかいて座った。
「子どもの頃、ハッピードリンク飲みたくて仕方なかったなぁ」
「なんだ、それ?」
「親父が言ったんたぜ」
横目に見る親父は、背中を丸めていつもより小さく見えた。
「どうしたんだよ、飲んだらハッピーになるんだろ」
「ああ、ハッピーさ」
その声に覇気は感じられなかった。
「姉ちゃんが嫁に行くんだから、めでたいじゃないか」
「そうだな」と、相変わらずか細い声で返事をするので「明日は笑顔で祝ってやらないと」と、僕は親父の背中を叩いた。
結婚式当日、親父は笑顔を貫き通した。寂しさなんて何処へやら、いい感じに酔っ払い、いつも以上に陽気だった。心から嬉しそうで、そして幸せそうだった。
それはそうだ。男手一つで育てた娘を嫁に出すことができたのだから。
家に帰った親父は、フラつく足取りで真っ先に仏壇の前に正座をした。
「母さん。梓の式は無事に終わった……ありがとう」
手を合わせ、何度も「ありがとう」と繰り返し、深々と頭を下げた親父の肩は震えていた。
母親は僕が幼い頃に病気で亡くなった。幼すぎた僕には、母親のことは全くと言って良いほど記憶にない。幼い子二人を残して逝った母親の無念は、計り知れないものだったに違いないと今になって思う。
「あの子が一人で育てるなんて、絶対に無理だと思ってた。料理はもちろん、掃除も大嫌いな子だったから」
祖母が姉の花嫁姿を見て呟いた。
「結構、頑張って色んな料理作ってたよ」
僕は首にタオルを巻き、汗を拭いながら中華鍋を振る親父の姿を思い出していた。親父が作る炒飯は格別だった。
「けど、負けず嫌いだったからね、あの子は昔から」
そう、本当に負けず嫌いな親父だった。小学校の運動会で、子ども達と保護者の対決するリレー競争に出場した時だった。アンカーの親父は、子ども達が僅かにリードした状態でバトンを受けた。普段、ロクに運動なんかしてないくせに、負けるものかと張り切りすぎて、足がもつれて派手に転んだ。それも、ただ転んだのではなく、足首を骨折するという有り様だった。
「あそこで転ばなかったら間違いなく逆転してた」と、親父には骨折の痛みなんかより負けた悔しさの方が大きかった。