ちょっとこれは話が違うぞ、と思ったのは今はじまったことではない。ことではないけど、いやでもやっぱり話が違うな、と、レストランで目の前の男を見ながら思う。
男は、私が見つめていると勘違いしているのか、どうしちゃったのかな?とキメ顔で私に言う。私は、ううんなんでもない、このお店おいしいね、と言ってほほえんだ。
A5ランクの国産牛なはずなのに、口の中で筋張って噛んでも噛んでも飲み込むタイミングが見つからない。料理に合うようにと男が予約しておいてくれた高級ワインは私には酸味が強すぎて、鼻から香りが抜けるたびに爪で粘膜を引っ掻かれているような気にさえなる。
「彩夏ちゃんはさ、今日みたいな暑い日に生まれたのかな? 初めてネームカードを見たときに素敵な名前だなって思ってたんだよね」
キメ顔でワインをわざとらしくふぅんと嗅いで言う。
「そう、ですね、たぶん、はい」
「もう~、そんなに緊張しないでいいんだよ。僕はもっと彩夏ちゃんのことを知りたいと思っているし。パーティーで会ったのも運命だって感じてるんだからサ」
サ、という語尾の言い方が一昔前で、10歳差のはずか急に自分まで老け込んでいる気がしてくる。
「パーティーは楽しかったけどサ、やっぱりこうして好きな人と食事するのが僕には合ってるんだよネ」
「そう、ですね」
ふふふと笑ってみせても自分の中の疑問が湧きだして自然と首が傾げていく。そんな私を見て、男は私がかわいこぶってるように見えるのか満足そうにウェイターを呼んだ。
「だから言ったじゃん!彩夏にはあの人は合わないって」
まったくもう、と腕を組みながら親友の友里がレモンスカッシュをズズズっと飲む。
「その通りでした」
「でしょうね。悪い人じゃないし経済力もありそうなんだけど彩夏には合わないよ」
「うん、だってね、聞いてくれる?だってね、レストランの予約とかも私の好みとかまったく聞いてくれないで決めちゃったんだよ?私は牛肉より鶏肉が食べたかった。待ち合わせ駅前って言いながら自分は車で来てさ、駐車場捜してくるって言って30分待ったんだよ、そんな都合よくコインパーキング空いてないって考えないのかなって。それに、自分に自信があるのかなんなのか、どんな話しても相手が興味持つって思ってるタイプだよあれは」
はいはい、と友里がにやにやしながら頷く。人の失敗談を聞くのが何より楽しいのだ。
「ウェイターさん呼ぶとき手叩くんだよ?ありえる?まわりのお客さんそのたびにみんなこっち見るし、超恥ずかしかった」
マジか、と友里が笑う。