「もしかして……ヘッピー?」真田吹江はあの頃と変わらぬちょっとすましたような表情でそう言った。顔をほんのり赤く染めて、目を少しだけ潤ませて。年をとって少し面長になった彼女の顔は、可愛い、というよりも美しかった。
へえ同級生、これも何かの縁ですね、せっかくなんで今からししゃも屋行ってみましょうよう。ね。ね。ね。出し抜けな小山内の提案を、吹江も妹さんも愛想良く快諾した。それが余程嬉しかったのだろう、小山内は安っぽい長財布から万札を二枚取り出しカウンターの上に置いた。
「大将、こちらの分もね。あとメンチは誰かにサービスで出してあげて」鈍臭いウインクをして言うのだ。上機嫌である。
大将は釣り銭を渡しながらいじけるように呟いた。
「どうせうちは生ホッピーやってませんからね」
「……また来るよ。なはは」
そんなこんなではしご酒と相成ったわけだ。移動する間、小山内は妹さんの隣をばっちりキープし、俺は吹江の隣で歩を進めた。
「よく俺のことわかったね」
「分かるよ。フッピーヘッピーの仲だったじゃない」
「こっち、戻ってたんだ」吹江は小学校卒業と同時に都心部へ引っ越していった。当時の俺は全くその事を知らず、地元の公立中学の入学式で、きょろきょろと彼女の姿を探したものだった。
「うん。妹がたまたまこっちで仕事してて。なんだか懐かしくて同居することにしたの」
「……結婚とかしてないの」緊張が伝わらないようそっけなく尋ねると、吹江は俺の顔をじっと見つめた。潤んだその瞳の中で街灯の光が煌めいて揺れている。ドキドキする。
ドキドキしていたのに、彼女は突然口をすぼめた剽軽な顔になって、両腕を勢いよく胸の前で交差させた。
「バツイチでえす」
チャンスは、なくはないな。少しだけ握り締めた右拳をすぐに解き、俺は平静を装った淡白な相槌を返した。
「ということで、奇跡の再会を祝して、かんぱあい」噂のししゃも屋はこじんまりとした居酒屋だった。手書きメニューの短冊が所狭しと壁にひしめき合って、どれもこれも旨そうだ。テーブルの上でホッピーのロゴが印刷された四つのグラスがぶつかり合う。小山内に負けじと上機嫌になっていた俺は少し強めにグラスを当てた。
「ふー、キンキンだ。ホッピーに氷入ってないのって初めてかもしれない。なんか濃くて旨い」言うと斜向かいに座った妹さんがしきりに頷いた。
「うんうん。美味しいですね。私も初めて飲みました」どことなく吹江に似てはいるが、まだあどけなさの残る顔立ちだ。
「そういえば、妹さんがいるなんて知らなかったよ」
「当時はまだいなかったのよ。この子はあたしが中学に入ってから生まれたの。13コ下だよ」
「てことは小関さん36だから、23歳っ。若い、若いなあ。っていうかお姉さんも若いですねえ。うわあ今日はいい日だなあ」鼻の下が伸びきって、小山内の唇は今にも剥がれ落ちそうになっている。
二人の小学校時代の話から始まり、仕事話の上澄みの部分や最近のニュース等を交わしながら、グラスはどんどん空いてゆく。妹さんも吹江もかなりいける口のようだった。そのまま閉店時間まで呑み続け、俺たち四人は顔を真っ赤にして駅までの道のりを歩いた。行きの時と変わらず、小山内と妹さん、俺と吹江のペアで二列になって。