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『おめでとう』春菊菜々


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9月期優秀作品

『おめでとう』春菊菜々

 
 一瞬、すべての時間が止まったような気がした。
 その空白を埋めるかのように一つの産声が部屋に響き渡る。
 自分たちを母親と父親にしてくれたその子供を愛おしそうに眺める。
 今まで、のたうち回って陣痛の痛みに叫び声をあげていた女性の姿はもうそこにはない。そこにいるのは一人の女ではなく、母親だった。
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
「髪、ふさふさだよ」
 周りから祝福の声が上がる。
「ありがとうございます」
「かわいい」
 両親たちはまるで先ほどまでの苦しみを忘れたかのようにすっきりとした表情でそう言った。母親だけでなく父親の目にも涙が今にもこぼれ落ちそうなほど溜まっている。
「赤ちゃん、連れてくるね。ほら、抱っこして」
 看護師の一人がそう言ってタオルに包まれた赤子を母親の胸に抱かせる。
 両親たちは早速生まれたばかりの子供に言葉をかけている。
「生まれてきてくれありがとう」
「かわいい、頑張ったね」
 そんな様子を見ると隣でモニターを外していた私も幸せな気持ちになれる。
 この瞬間、その家には家族が一人増えたのだ。

 私の仕事は看護師だ。現在は産婦人科の病院で働いている。
 今までいくつかの病院で働いてきたけれど、産婦人科という科で働くことができるのを私は嬉しく思っていた。同じように看護師になった友人の中には産婦人科には行きたくないという人もいるが、私はそうは思わなかった。なぜならば、その人が退院する度に「おめでとう」と素直に心から言えるからだ。
 病院の中で「おめでとう」と言える場所は少ない。
 死を迎えるのを待つもの、完治しない病気を抱える人。
 時には手術をして元気になって帰る人もいるけれど、周りにそうでない人がいっぱいいる中でなかなか大きな声では「おめでとう」とは言えない。

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