9月期優秀作品
『スイカ』山本真広
祖母への記憶はいくつかあるが思い出はひとつしかない。
私が小学校に上がる前までは祖母の家へ盆が近づくと泊まりにいっていたという。祖母はひとりで暮らしていた。祖父はモノクロの遺影でしかわたしは知らない。
すき間を隠すように並んだ家のひとつに祖母は住んでいた。二階建ての家だ。イメージとしては町屋のような場所に住んでいたように思う。わたしが説明できる祖母の家はそんなもので、隣の家がどんなのだったか、台所の造りはどんなのだったか、勝手口の向こうの裏庭にはなにがあったか、そういう些細なことは覚えていない。しいていえば、窓辺にルービックキューブが転がっていたのを遊んでもいないのに記憶に残っている。
祖母はふいに心配になることが多かったそうだ。周りがどんなに大丈夫といっても不安の表情を変えることはなかった。心配性であり頑固だった。わたしが生まれる前は強気な頑固で肝が据わっていたという。初めて会ったときは少し怖くて尻込みしたと母は一度だけ笑って話してくれた。わたしは祖母との笑い話はひとつもない。
昼寝をしていた。両親も兄も姉もみんな畳の上で寝息をたてていた。幼稚園生だったわたしも眠ろうとしていたので退屈だとは思わなかった。けれど祖母にはわたしひとり起きたままだから寂しがっているように見えたのだろう。祖母はわたしの顔を覗きこんだ。
「退屈じゃろう。でかけるか」
膝に手をついて前かがみでわたしの顔を覗き込むのは少しつらそうだった。そしてわたしはどこにもでかけたくなかった。家族と同じように昼寝がしたかった。黙っていれば幼いなりに遠慮していると祖母は思ったのだろう。
「いこう」
小さい声で何度もいった。わたしは父を見た。でかけるなら一言いわなければならないと思った。
「起こしちゃいけん」
祖母は顔を厳しくした。手招きしてわたしを急かした。わたしはタオルケットから抜け出すと黙って祖母についていった。
祖母の指を掴んで道路を歩いた。暑かったのか涼しかったかは忘れてしまった。ただ、できるだけ道路のはしを歩いたのを覚えている。祖母はわたしにどこにいきたいか尋ねた。遠くにいけないことはわかっていた。わかっていたけれどまだ幼稚園生だったわたしはどこからが遠くて、どこまでが近いのか知らなかった。
「お菓子が欲しいんじゃろ」
結局祖母が決めた。わたしはなにも言わなかった。チョコレートが欲しいか、クッキーが欲しいかと祖母はいえるだけの菓子の名前を口にした。なにか欲しいと答えたのか、やっぱりわたしは覚えていない。