僕はヨレヨレのTシャツを着ていたから、着替えて外で待つお母さんの所へ向かった。
「行ってきますは言ってきた?」
「うん。言ったよ」
「お祖母ちゃんにもちゃんと言った?」
「うん。言った」
お母さんは「行ってきます」の声掛けにすごくうるさい。前にお祖母ちゃんに言い忘れたとき、すでに歩きだしていたけど『はい、待ってあげるから、ちゃんと言ってきなさーい』と家に戻らされたことがある。
「お母さん、アレって何買うの?」
「そうね、何にしようかなー、大樹何か食べたいものある?」
やっぱり『アレ』は何でもなかった。困っているといつも助け舟を出してくれる。
カレーが食べたいと言ったらスーパーに人参とジャガイモを買いに行くことになった。
「ねえ、大樹。大樹は野球が嫌い?」
「うーん、嫌いってことはないけど、練習しても上手にならないから」
「じゃあ上手になったら好きになるの? 羨ましいけどなー野球ができて。お母さんは一度バッターボックスに立ってみたいのよねー。で、思い切りバットを振るの!」
お母さんは目を輝かせていた。普段の二重瞼の目が一段と大きく見えた。
「ヒットが打てたら好きになるかもしれないけど……でも、ヘタだから」
「そっか、じゃあ練習しなきゃ。お母さん大樹のホームラン見てみたいなー」
僕の家は四人家族で小さい会社を経営している。家族経営で六十代のお祖父ちゃんが社長でお父さんが専務、お母さんが経理部長の三人だけで従業員はいない。自宅兼事務所だから僕が帰ると、みんないつも家にいる。
甲子園の時期は仕事をサボっているのか、この時期に暇になるように仕事をこなしているのかわからないけど、お父さんとお祖父ちゃんは毎日野球を見ている。
「ただいま-」
「おーう。おかえりー!」
スーパーで買った荷物をキッチンに運んでいると、リビングで野球を見ていたお父さんとお祖父ちゃんが僕に向かって手招きしてきた。二人とも目が大きいので招き猫みたいだった。お母さんに目で助けを求めると、小声で「あちゃー、ほら、行った、行った」と笑いながら二人のいるほうに背中を押されたので、一緒に試合を見ることになった。
「おい、大樹、お前次の大会の準備は出来ているんだろうな?」
「かっ飛ばすんじゃぞ、三振はあかんぞ!」
「……練習はしているけど試合にでられるか……ちょっと」