「前より悪くなった気がしますよ。さっきもね、飯は食ったばかりだなんて言うんです。最後に食ったのは、昨日の夕方だってのに」
秋山は部屋を見回した。数年前に初めて来た頃は塵一つなかったこの部屋が、今では掃除も行き届かず、畳に衣服が散らばっている。
「奥さんの薬の量を増やしましょう。もし吐き気が出たら、また連絡してください」
*
吉蔵は、玄関で秋山を見送り、戸を閉めた。
家が沈黙に包まれた。女房と自分、ふたりきり。朽ちかけの古木のように、静寂のなかでひっそり呼吸を続けている。吉蔵は大きく息を吸い、吐いた――ん?
なにか、焦げ臭い。
誰もいない台所で、小鍋が黒煙を吹いていた。吉蔵は、慌てて火を消し小窓を開けた。冷たい空気が、ひゅっと吹き込む。
「……華」
若い頃、随分と華を苦しめた。こんな自分を華はどう思っていたのだろう?
だが今となっては、覚えているかも怪しいところだ。
「……それでも良いさ」
たとえ忘れてしまっていても、重ねた日々は変わらない。
炭と化した里芋を、そっとつまんで食べてみた。苦くて不味い。それでも、わずかに甘かった。
全部食べて、台所を出た。
吉蔵は、居間を覗いて笑いかけた。
「腹が減ったなぁ。華ぁ、飯はまだかい?」