フードコートにある冷蔵庫に入ったフルーツ牛乳を2本、慣れた手つきで取り出し、値段も聞かずにお金を店員に渡した。店員も、はい、とだけ言ってお金を受け取った。テーブルに向かい合って
「少年の勇気に、乾杯!」
勢いよく瓶をぶつけ合った。飲みながらおじいさんは、まるで大人に話すように、ゆっくりゆっくりと今の状況を話し出した。何年か前奥さんが亡くなり、二人いる子供は大きくなって家を出てしまったこと。家族で暮らした家を思い切って売り払い、そのお金と年金でやりくりしながら、この健康センターのチケットを買って毎日暮らしていること。
「ここで、暮らしてるの?!」
ビックリしてフルーツ牛乳を吹き出しそうになった。暮らしながら、センターで修理の必要なところを直して、その分「月5日分」をタダにしてもらってるそうだ。それを聞いたら、今度は本当に吹いてしまった。
次の月からは、おじいさんに興味のない妹は放っておいて、早めに風呂を上がってすぐに、おじいさんの所へ行った。妹はとても不満そうだった。おじいさんはいつもフルーツ牛乳を買って、待ってくれていた。おじいさんはこのセンターでもう8年暮らしていて、全ての従業員の名前と顔を覚えている。そしてその人達と、おじいさん程ではない常連客から『ヌシ』と呼ばれているそうだ。ヌシのお話はとても面白く、話し方も上手で引き込まれた。ある時、あまりにもお話が上手なので、何のお仕事をしていたのか思い切って聞いてみた。
「大学で、宇宙のことを研究して、学生に教えてたんだ。坊やは宇宙に興味あるかい?」
知識はないけど、興味ならありますと言うと、ヌシはとても嬉しそうに宇宙のお話を始めた。僕でも知っている月の話から、想像もつかないような遠い星の話まで。次の月からは、健康センターにある仮眠室に映し出す星座を眺めながらの「講義」になっていた。もちろん、ほかのお客さんの迷惑にならないように小さい声で。僕の宇宙への興味はどんどん広がっていった。
お父さんが出張で、その後3カ月間健康センターに行けなかった。その事実を聞いた時と、3カ月間の第2土曜日の僕の落ち込み方にお母さんは驚いていた。行けない分、宇宙の百科事典を買ってとせがんだら、また驚いていた。
待ちに待った次の月の第2土曜日がやってきた。もうお風呂にも行かず、すぐにフードコートに走った……ら、ヌシに怒られる、ので早足で。今日はソファーにいなかった。トイレかな、としばらく待っていたが現れない。珍しくお風呂かな、と待ってみたが来ない。だんだん焦ってきた。ヌシのいないソファーが寂しそうに見えた。いたたまれなくなって、フードコートの店員さんに聞いてみた。なんだかはっきりした返事が返ってこない。お風呂の係の人、受付の人、誰に聞いても口ごもっている。我慢していたものがついに目から出てきた。そうだ、一番このセンターのことを知っている、つまりヌシのことを知っている人に思い切って聞こう。社長さんだ。そう考えて事務所まで行き、社長さんを呼んでもらった。呼んでくれた事務の人も、社長さんもちょっとうつむき加減だった。胸騒ぎという気持ちを生まれてはじめて感じた。