横に座っていた妻がお義母さんに振り返ってそう言うと、お義母さんは(入れたわよ)と言ってからオレを見て(ふふふっ)と含み笑いをした。
意味深なお義母さんの笑い顔を頭の片隅に残したままオレは湯船の蓋を開けた。(あっ)思わず出た声が浴室にこだまする。
湯船に張られたたっぷりのお湯は柔らかな湯気と共に爽やかなミントの香りを立ち上らせて鮮やかな青色をしていた。
(妻がオレの為に)思うと、何だかたまらなく嬉しくなって、申し訳なくなって、鼻の奥から熱い水分が湧き上がってくるのを感じた。
風呂から出たオレは、熱い思いが消えない内にと迷わず縁側に座る妻の横に腰掛けた。首元からミントの香りがしてすーっと引いていく暑さが心地よかった。
「わ、悪かったよ。ごめん」
再びこみ上げる熱い水分をぐっと堪えて、やっと言いたかった事を言えた。
「僕、イヤだからね。離婚なんて。」
亮が絶妙のタイミングでオレと妻の間に顔を割り込ませて小声で言う。
あの頃のオレが言えなかった事を、サラリと言う息子が羨ましく、誇らしかった。