9月期優秀作品
『夏休みの宿題』麻ひろ美
「ママ、今日は何する?」
大きな目をくりくりさせて、私を真っすぐに見る。私と娘マヒロの今日の一日が始まった。
「今日の課題!」
「はい!」
マヒロが大きく右手を耳のそばで振り上げて、早く早くと言わんばかりに小刻みに顔を動かす。
マヒロは、あまり口数が多い方ではなかったはずなのに、夏休みに入ってから沈黙を埋めるように言葉を並べる。
「さー、始めるよ。」
マヒロは、こめかみにうっすら汗をにじませて、リビングの机の上を慣れた手つきで台布巾をすべらせる。ビニール袋からA4サイズの小さめな原稿用紙を取り出しすと、拭いたばかりの机の上に並べた。
「今日は、この原稿用紙にマヒロがまず読んだ感想を書いてみて。」
「えー、わかんないよ。どう書いていいかわかんないよ。」
「なんでもいいの。自由に書いてごらん。」
わかんない、わかんないとぶつぶつ言って、口をへの字にしたまま、頬杖をついた。
私は幼いころから本が好きだった。だからなのだろうか、小学生の頃も中学生の頃も読書感想文の夏休みの宿題はお手の物だったのはもとい、読書感想文コンクールの校内選考をパスし、県の審査会で賞を取るのは例年の事だった。周りのみんなが夏休みの宿題の中でも読書感想文が一番めんどくさいっていう言葉も、私には絵や工作の宿題の方が最後までいつも残っていて、よっぽど大変なもののように思っていた。
だからといって、文章を書くことを仕事にしようと志したことは一回もない。
本を読んで、その時々の自分と結び付けて感想を書くことによって、その時々の自分を、自分の中で整理整頓できる快感が好きなだけで、自分で人を感動させる文章をつづろうなんてことは、一切考えも及ばなかった。
私が賞状をもらったのは、読書感想文コンクールでのものだったけど、その賞状は私の唯一の小さい頃の自慢である。
小学校一年生の時に、読書感想文をどう書いていいかわからない私に、隣で「この場面は、どう思った?」「あなたは、こういう経験したことある?」等と、母はヒントとなる言葉を投げかけてくれた。
小さい私は、その投げかけられた言葉に、一つ一つ答えながら、その文をつないでいって、私の読書感想文が完成していった記憶がある。
完成にした読書感想文を前に、大仕事をして一回り大きくなったような気になり、誇らしげな態度を取っていた私。
いつからか、母が隣にいなくても、読書感想文を書けるようになっていた。母の問いかけを自分でして、自分でそれに答え、結局のところ文章の質は難しい言葉を使ったり、繋げたりしながら大人っぽさは年相応になったにしろ、構成は小学校一年生からきっと変わらなかったのだろう。
私に変調が出始めたのは、もう夏の到来を感じさせる暑さを感じ始めた六月終わりだった。