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『魔法の粉』相内亜美


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 翌日、まだ明るいうちに、娘を夫に託して、夕飯の買い物に出かけた。近所のスーパーで一通り買い終え外へ出てみると、天気予報の通り、バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨。周りの買い物客は、ただ呆然と雨雲を見上げ、なす術もなく立ち尽くしていた。何事も用心深いA型の私は、持ってきていた傘をこれ見よがしに差し、どうやって濡れずに家まで帰るか思案している買い物客の間を颯爽とすり抜け、車に食料品を積み込み、帰途についた。自宅へ通ずる一本道に差し掛かった途端、雨の勢いは増す。駐車場は野ざらしなので、なるべく自分も荷物も濡れないようにするにはどうしたらいいか考えながら、バックで車を停めていると、心配そうな面持ちで、この土砂降りの雨に立ち向かうにはあまりに頼りないビニール傘を手に、部屋着のままの夫が顔を出したのだった。

 夫は運転席のドアを開けると、ドラマのような突然の出来事に面食らう私に、
「雨すごいね。濡れなかった?
急だったから傘持ってないと思って。」
と言いながら、助手席にある傘を見て、ぽりぽりと頭をかいた。
 喧嘩中で、ろくに話もせず家を飛び出してきたので、この思いがけない不意打ちに、私の心臓はぎゅっと縮んでから限界ぎりぎりまで膨れ上がったように熱く激しく鼓動し、思わず君が好きだと叫びたくなるほどときめいた。正直、最後に夫にときめいたことなんて思い出せないくらい、大昔の話だ。家ではちょっと抜けていて頼りない、野菜嫌いで子どものような夫だが、ごく自然に、大雨のなか迎えに来て、すっと傘を差し出してくれた姿に、久しぶりに惚れ直してしまった。
「雨脚が弱まるまで、車の中にいた方がいいかも。」
と言い残して、ヒーローは去っていった。雨粒がフロントガラスをびしばし叩きつける中、一人ぼうっと、そしてうっとりと余韻に浸っていた。

 キュンとときめいちゃった、すごく嬉しかったよ、なんて口に出すのは、一応夫を尻に敷いている今の力関係だと、口がきぃーっと裂けても言えない。そこで、感謝の気持ちをとっておきのぬくもりで表すことにした。娘にとって、そして我が家にとって初めての入浴剤の出番だ。とはいっても、こんな日が来ることを想定して予め買っておいた訳ではなく、先月実家に帰省した時に、母が持たせてくれた様々な日用品やら食料品やらの中に、そっと入れられていたものだ。

 子どもの頃、うちは貧乏だ贅沢は敵だと言われ続け、トイレットペーパーはもちろんシングル、家族で外食だなんて、いくら記憶をたどっても片手で足りるほどしかしなかったような家で育った。そんな我が家での唯一といってもいい贅沢が、入浴剤だった。無論、泊まりがけの家族旅行なんて行ったこともないので、家にいながら温泉旅館にトリップしたような気持ちになれる入浴剤は、幼い私にとって『魔法の粉』のようだった。

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