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『イヤミのシェー』司真


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 私が大学を卒業して就職し、地方の支店に配属になり、その後、妹が結婚して、一人暮らしになった母は、ある日突然、千葉の実家へ引っ越すと言い出した。
 千葉の実家は、祖父が亡くなってから十年以上誰も住む人間がなく、廃屋同然になっていた。母は実家の近くの幼なじみの工務店に家の修理を頼み、工事が終るとすぐに引っ越したらしい。
 母は引っ越す理由を特に言わなかった。私は母の突然の行動を祖父への罪滅ぼしなのだろうと考えていた。
 祖父が亡くなったのは私が大学に入学した年の冬だった。脳溢血で、誰にも気づかれず、一昼夜、自宅の畳に倒れたままだった。
 私は小学校を卒業するまで、毎年夏休みを祖父の家で過ごしていた。八月の終わりが来ると帰りたくなくてよく愚図った。
 祖父の家の裏はすすきの生い茂った空き地で、利根川から別れた小さな支流が流れていた。川の反対岸はすぐ高い土手になっていて、その向こうはもう利根川だった。土手を上流に少し行くと大きな赤い水門と溜池があり、夏には牛蛙が盛んに鳴いていた。
 家の裏のすすきをかき分けて進んでいくと、支流の岸に出る。細い竹を乾燥させて作った釣竿に糸と針と浮きをつけて投げ込む。えさは確か、小麦粉かふかしたジャガイモを水で練ったものだったと思う。なかなか釣れず、お腹が空いたとき、そのえさをつまみ食いしたのを覚えている。釣れるのはたいがい鮒だった。
 家の横には共同の井戸があった。水を張った大きなたらいに西瓜が冷やしてあるのを見たことがある。
 母が千葉に住むようになってから、私は年に一度、正月に千葉の家へ行くようにした。
 その頃はもう千葉の家の周りに昔の面影はなかった。すすきの空き地は整地され、アパートが建ち、利根川の支流は埋め立てられてアスファルトの道路になっていた。
 私は結婚してからも、妻と一緒に正月だけは帰った。東京の本社へ戻ってからは、千葉の家まで車で二時間ほどだった。

 今年の正月は妹一家も千葉へ来た。
 毎年、妹一家は正月に夫の実家へ行くのだが、今年は夫の両親が、暮れから一ヶ月の予定で海外旅行に出かけたのでこっちへ来たということだった。一ヶ月の海外旅行というのは、二年前定年退職した夫の父がずっと温めていた計画らしい。
 妹は来るなり、
「羽が伸ばせるーっ」
 と大きな声を出した。
 妹の夫は前より太ったようだった。
 私が転勤先からゴールデンウィークの休みに戻ってきて、妹がつき合っている相手を初めて家に連れてきたとき、セントバーナードみたいな人なんだ、とこっそり言ったのを、彼に会うたびに思い出す。

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