「注文、来たようだね」とにこにこしている。
「やっぱりパパだったんだね。」と私は言った。
「なになに、どういうこと?」母はよくわからないという顔をしている。
「ふたりが頑張っている姿を見て、パパも何か手伝いたくなっちゃってね。」と父は微笑んだ。
「この前、ママが勤めていたパン屋さんに事情を話してみてね、チラシだけでもいいから置かせてほしいって。自分の店で他のパン屋を広告するなんて、普通してもらえないと思っていたけど、店長はいいよって言ってくれたんだよ。」
「…来年定年退職したら、パン屋建てちゃおうかな。」と、いつの間にか父も無謀なパン屋計画遂行者の一員になっていた。母は頷き、微笑んだ。
母とふたり、オーブンの中で膨らむお月様を眺めていた。額と頰がほんのり熱くなる。お月様はふわふわのスフレ風で、小さくウサギが描かれていた。
「あんた、すごいね。あんたの無謀な計画は、私やパパにも影響を与えて、こうして形になってきているのだもの。」と母は言った。
「頑張るママが素敵で、パパが優しいからだよ。」と私は笑った。
「いってらっしゃい。宜しくお願いね。」と見送る母はもう寂しげな顔をしていなかった。私は晴れやかな気持ちで、焼きたてのパンを届けるために自転車を漕いだ。