父との電話が終わったあと、私の中では何かスッキリとした感覚があった。
私がなんのために都会にでてきたのか、私がどんな思いを抱いてこの場所にきたのか。
父と最後に面と向かって会話をしたのは、私が都会で就職すると相談した時だった。
父は私の夢を否定はしなかったが、あまりの計画性の無さに酷く叱られた。
今になって思えば、父の言っていることの方が正しく、
父のアドバイスに従っておけばよかったと、後悔する部分も多い。
それでも、当時の私は自分の意見が受け入れられない事実に怒り、両親に反発しつづけ、
仕舞いには、逃げるようして都会に出てきたという経緯があった。
そんなこともあったからか、父の声を聞いたことで、あの頃の熱意や情熱が私の中にこみ上げてきた。
「よしっ」
そう言って、私は勢いよく湯船から出た。
■2:
数か月後、私は父の病室を訪れていた。
「父ちゃん、身体を起こして」
父はゆっくりと身体を起こしながら、窓の外を見て私に話しかける。
「アキ、仕事は順調なのか?」
私は看護師さんが持ってきてくれたプラスチック製の桶にお湯を注ぎながら答えた。
「まぁ、大変なことも多いけど、おおむね順調だよ」
「そうか、若いうちは大変なことを多く経験しておけばいいんだよ。年取ってからの苦労は大変だぞー」
私は「はいはい」と相槌を打ちながら、湯の張った桶に入浴剤を流し込むと、
小さな円を描くように静かに混ぜた。
「おぉ、懐かしい香りだな。アキと一緒となると尚更だ」
私は父の嬉しそうな顔を横目に、湯の中にタオルをいれて湿らすと、丁寧に絞って父の身体をふき始めた。
「やっぱ、風呂っていったらコレだよなー。この香りがいいわな」
「そうだね、お父ちゃんにはこの風呂が似合ってるよ」
「これでお前と長野温泉に行く約束が果たせたな」
「何言っているのよ。早く元気になって本物の温泉にも連れて行ってよ」
「やっぱりそうか。約束は守らないといけねぇよな。
――でも俺はアキと入るこの温泉も好きだぞ」
身体はすっかりやせ細り、以前よりも少し小さく見えた父の背中に隠れて、
私は大粒の涙をゆっくりと流した。
「そうだね、私もこっちの温泉の方が好きかもしれない」