夫はきっと、今もどこかで聞いているだろう。俺は一生陽水を歌い続けるぞ!なんて言いながら。
「お母さんは、お父さんを想う気持ちと同じぐらい、美幸の事も大切に想ってる。だから、どれだけ距離が離れても、全然寂しくないわ。あなたは、自分の幸せを第一に考えなさい」
美幸は、しばらく黙っていた。
そして、大きく息を吸い、自分の顔にバシャっとお湯をかけた。
「お母さん。ありがとう」
美幸は、私の目をまっすぐに見て言った。顔はお湯で濡れているが、私を見つめる目は、赤くなっている。
最後まで私に涙を見せようとしない姿が、愛おしくてたまらなかった。
あれから半年。街はすっかり冬の気配。ひんやりとした空気が、身に染みる。
美幸達がオランダに行って、4ヶ月が経とうとしていた。直前まで準備でバタバタしていて、ゆっくりと別れの時間を惜しむ暇もないまま、3人はオランダへと旅立った。
少し生活が落ち着いたのだろうか、美幸から手紙と写真が届いた。新しい家で撮った三人の写真と、俊介さんと雫が楽しそうにお風呂に入っている写真だった。
「お母さんへ
元気にしていますか?オランダはまだ11
月なのに、もう真冬の装いをしないと外に出られない程の寒さです。こっちの人は寒さに慣れているので、こんなのまだ序の口だよと言われるのですが、私達にはとても厳しいです。でも、みんな優しくて、色んな場面で助けてくれます。そのおかげで、こちらでの生活にも少しずつですが、慣れてきました。
お母さんがこの前送ってくれたバスロマンのプレミアム温浴、毎日使っています。ヨーロッパの人は湯舟につかる習慣がないんだけど、私たちはやっぱり毎日お風呂に入らないと落ち着きません。身体を芯からあっためてくれるから、雫も風邪をひかずに元気に過ごしています。
最近、俊介さんと雫がよくお風呂で歌を歌っています。その歌声を聞きながら夕飯の準備をするのが、今の私の楽しみです。いつか、お母さんもそんな事を言ってたよね?まだまだ新米の母親だけど、ちょっとお母さんの気持ちが分かった気がします。
お母さんも、これから寒くなるだろうし、体調に気を付けて、元気でいてね。いつも、お母さんとお父さんの事を想っています。
美幸」
母親という生き物は、みんな思う事は同じなのかもしれない。家族の幸せが自分の幸せで、家族のためならどんな事でも頑張れる。