恩着せがましく冷蔵庫を開けながらも中身に文句をつけ、さらに
「私、このベッドで寝てみたかったんだよね。今日はタクミが床で寝てよ」
などと言うのを聞いていると、いい大人が心配かけるなと怒りたい気持ちが、うやむやになっていくようでタクミは脱力した。ついでに、連休帰れなくてごめん、とさっきまで少しは気にしていたことも、口に出せずじまいになった。
近くのスーパーに案内がてら母と一緒に買い物に行き、久しぶりに母の作る
しょうが焼きを食べた。実家の近くに新しく出来た店のことだの、高校時代の友人がバイトしているのを見かけただの、もっぱらふるさと情報に終始し、そして結局タクミが予備の布団で床に寝ることになる。
本当のところ、母がどうしてこんなふうに突然やって来たのかはわからなかった。言いにくかったのか、驚かせたかったのか、意外に、ふと思いついて、ただ慌しく出て来ただけなのか。わからないけれども、楽しそうにしているから別にもういいかと思った。こうして家にいる時と同じ調子の母のおしゃべりを聞いていると、タクミも思いがけず、楽しくなつかしい心持ちがした。
次の朝は、一緒にアパートを出て、最寄り駅で早々に別れた。
「夏休み、帰るから」
「オッケー」
「今度来るときは連絡しろよな」
「わかった、サプライズは気が済みました。部屋も荒れ果ててなくて安心したよ」
母はにこにこしているが、昨日の父の言葉を思い出し、夫婦そろってサプライズかよ、とタクミは少々げんなりである。
でも、気づく。上京する時に母はタクミに、どこにいても元気で楽しくしていればいいと言ったけれど、それは自分も同じ気持ちなのだ。父と母が元気に楽しくやってくれていればいい。まあ、今回みたいなのはもうごめんだけれど。
久しぶりの、母の「いってらっしゃい」を聞いて、タクミはホームに向かった。