その後、めでたく第一志望に合格したタクミは、大学生協を通じて見つけたアパートに入居を決め、入学に余裕をもって3月の後半には引越しをした。その際も母は、部屋を決める時点からアドバイス以上の口出しもせず、てきぱきと手続きやら家具の準備・荷造りを手伝った。そうしながら
「タクミが元気で楽しくしていれば、別にどこにいたっていいよ」
と言った時も、むしろすがすがしそうだったし、引越しの際には一緒に上京したものの、大体の物が収まると一泊しただけでさっさと帰って行った。
「アパートって言っても、なかなか洒落てるね。結構新しいもんね」
という母に
「合鍵とか渡しとく?」
タクミは聞いてみた。
「何で?」
「一人暮らしの先輩とか、親が合鍵持ってるって言ってたよ。何かあった時のためにって。あと、たまに来るんだけど、いない間に掃除してくれてたとか」
「はぁ?やだよ掃除なんて。うちだけでも面倒くさいのに。それに何かあった時って何?起き上がれないくらいの重病なら、私達を待ってる場合じゃないでしょ。近くの誰かに助けてもらうか、何とかしなさいよ」
「ま、そうだけどさ」
「私が来た時はタクミに開けてもらうからいいよ。ご飯はちゃんと食べなさいよ」
と、別れ際のやり取りもあっさりしたものだった。
そんなことを思い出しながら
「来るなんて聞いてないし」
と言うと、父が思いがけないことを言った。
「いや、5月の連休、タクミ急に帰れなくなっただろ。あの後、実は母さん寂しそうだったんだよな。寂しいって言うか、まあちょっとがっかりって言うか」
たしかに、当初は連休には帰省するつもりだったが、サークルの先輩にイベントのバイトに誘われたのだった。恥ずかしながら初めてのバイトだったこともあり、先輩と一緒で心強かったのと、収入も魅力的で、タクミは帰省を取り止めた。
「え?あの時、電話で連絡したけど、偉いじゃん、頑張って稼ぎなさい、とか、母さんそんな感じだったよ」
「そうなんだけど、連休中、ちょっと普段より食欲なかったりとか、テレビ見ててもつまらなそうだったり、微妙に変な感じだったんだよ。そのわりに、東京慣れたみたいでいいことだとか、タクミも立派になったもんだとか、うれしそうなことやけに強調しててさ」
「いや、今そう言われても」
「あぁ、いやいや文句じゃなくて。そっちで充実してるようでうれしいってのは本当なんだ。でもまあ、ちょっと顔くらい見たいって気持ちはまた別だしな。で、そう思ったとしても、こう、口では全然気にしてないようなこと言ってた手前、言い出しにくくて、黙ってそっちに行ったのかもと思って」
「いや待って。こっちに来てるっぽいことになってるけど、例えばほら、失踪とか事故とかさ、何かあったとかない?」
「失踪なんてしないよ」
父は笑い飛ばして言う。