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『プログラミングパパの提案』中杉誠志


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8月期優秀作品

『プログラミングパパの提案』中杉誠志

 
 娘のリン子が小さい頃に夏祭りで見事すくいとった真っ赤な金魚は、いまリビングの壁際にある水槽のなかで、鯛のような巨体を揺らして泳いでいる。なにが原因なのか知らないが、たまにびっくりしたように跳ねることがあって、そのときはフローリングの床にまで水しぶきが散る。濡れた床を掃除するのは、私の役目だ。
 パシャ。
 あ、また散った。
 でも、いまはそれどころじゃない。
「ねえ、あなた。きいてる?」
 私はリビングテーブルの対面に座る夫にいった。
「はい。きいています」
 三才年下の夫は、出会ったころからいまにいたるまで、ずっと敬語だ。私に敬語なのはわかるが、娘にまで敬語を使い、「リン子さん」とさん付けまでするから、不思議でしょうがない。まあ、彼なりにやさしい父親を演じているつもりなのだろう。
 実際、彼はやさしい。怒鳴ったり、暴力を振るったりすることが、一切ない。ときどき、人間に危害を加えることを禁じられたロボットなんじゃないかと思うこともあるが、そうでないことを、かつて彼と子作りに励んだ私は誰よりよく知っている。
「で、どう思う?」
「どう、とは?」
「どうやったらリン子の気持ちを傷つけずに、猫を飼うのをあきらめさせることができると思う?」
「ふむ……」
 夫はあごに手を当ててうつむいた。彼はプログラマーだ。コンピューターには通じるらしいが私にはまるでちんぷんかんぷんな呪文を、たくさん知っている。呪文は理解不能だが、どうやらプログラミングが論理的な仕事らしい、ということは私にもわかる。その論理的思考力は、はっきりいって私にはない。私は昔から直感的で、感情的で、それが悪いとは思わないが、なにか問題が起きたときには役立たずになる。
 幸い、今回は、中学生の娘が妊娠した、みたいなヘビーな問題ではなく、「猫を飼いたい」といい出したという、かわいらしい問題なので、私もパニックを起こすほどではなかった。が、自分ですくってきた金魚の面倒すらろくに見られない娘に、猫の世話ができるとは到底思えない。だから反対しようと思うのだが、しかしそれを直情型の私がいうと、娘も成分の半分は私の遺伝子でできているから、よく似たふたりで収拾のつかない口論を展開してしまうだけだ。
 そこへいくと、論理人間は冷静でいい。娘は、私とはたびたび喧嘩をするが、夫とは喧嘩をしない。夫が冷静さを保って論理的にたしなめてくれれば、娘も納得するにちがいない。よその家では、思春期になると女の子はお父さんと会話しなくなるものらしいが、うちではありえない。そもそも私がファザコンだったし、その血を引いた娘にもちょっとその気がある。
 ついでにいうと、近頃の子供はプログラミングを授業で習うそうで、そのせいか夫と娘は、ときどきプログラミング用語らしき言葉を交えて会話をすることがある。文系の大学を出て、コンピューターの操作とはほぼ無縁な接客の仕事をし、結婚を機に家庭に入った私には、理解不能。ふたりの会話は私にとっては秘密の暗号に等しく、私に理解できない言葉で和気あいあいしていると思うと、妬ける。でも、いい年こいて自分の娘に嫉妬したってしょうがない。ここはひとつ、娘を説得する武器として夫を使おう、と、まあ、そういうわけだった。

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