リンゴの赤と、私の赤と。入り混じって、周囲の視線を一斉に集める。
祭りの日だというのに。
まったく、誰も彼もが気の毒であった。
2
私のいない世界で、七日間が過ぎた。
普通の人間が一人居なくなったところで、世の中はさして変わらない。ただ、私を含め、私に近しいところに居た者たちにとって、このたびの不測の事態を受け入れるには一週間ではとても時間が足りなかった。夫は気丈に振舞っていたが、みるみる萎んで見る影もない。娘には私の姿がわかるのか、ときどきこちらを見て笑う。私自身も、ひどく動揺をしながら、それでも私の居ない世界を受け入れようと摺合せを続けた。やがて七週間が経ち、すでに灰となっていた私は小さな墓に仕舞われた。会社では、私の持ち場に人員が補充され、担当誌は今まで通りに出版され、夫の体重は戻らぬまま、娘は少し大きくなって、それでも、落ち着くというにはまだ早すぎたある朝、私の目の前に「神様」がやってきた。
「神です」
自ら神と名乗ったその人は、白く気高い姿をしていた。山のように大きくもあり、手のひらに包み込めるほど小さくもある。相手の言葉を信じるならば、まさに今、神の降臨である。死んだら何でもありなのだろうと、それらしいものを前にぽかんと眺めるばかりであった。
「さて、参りましょうか」と、神様が言う。
「どこへ?」
神様は何も答えず、含みを持たせた微笑をたたえ両手を差し伸べる。穏やかな目を向け、有無を言わさず「さあ」と促した。神様の誘いを断ることなど、どうしてできよう。私は、黙ってその手にそっと触れた。神様がこちらを見て、ニッと笑う。私も微笑み返しながら、ああ、神様の口角もちゃんと上がるんだと妙なところに感心をした。
「しっかり、掴まっていてくださいね」
手を握り合ったまま、神様がふわりと高く浮かび上がる。足元まで伸びた白金の髪が、豊かに流れ付いてくる。祝福されているかのように、辺り一帯が神様の色で眩く光り輝いて見えた。するする静かに上へと吸い上げられていく。こうして上昇しているということは……もしや、この先は天国? ひそかに胸が高鳴った。
「あの、天国ですか?」
神様は穏やかに笑み、私を見おろすばかりである。しばらくすると、おもむろに神様が口を開いた。
「下をご覧なさい」、と。言われるままに下を見る。
今しがた飛び立ってきた地面には深い亀裂が入り、ぱっくり開いた地底から、数百、数千と思しき無数の手がもくもく茂り、ひしめき合って生えていた。それらは渦のように真っ黒な群れを成しこちらへ伸び、すぐそばにまで迫り来ようとしている。
「ひっ」
割れた大地は現世と呼ばれる世界だという。日々を地獄だと思い悩んだりしたこともあるけれど、その通り、私の生きていた頃もこうして死んでしまった後も、地上には誰かの足を引っ張ろうとする悪意が満ち満ちている。蠢いているのは、天国行きを阻止しようとするどす黒い手。私は、極力、下を見ないようにして神様の手を握り直すと、地面からの手招きを完全に無視出来るようになった。いくらか安心しながら、しかしいったいどこまで昇って行くのだろうと天を仰いだ。
どれくらい上昇しただろうか。白から青、黄色、そして再び白い場所に辿り着く頃、神様が弱音を吐いた。
「ちょっと重いですね」