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『遠くの夏まで』菊武加庫


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「真打昇進して二、三年目の人が出てね、まだ若いけど、すごく面白かったんだよ」
 何も知らない電話の声に、敦子が受話器を握りしめて激怒したのは言うまでもない。怒るのは筋違いなのは重々承知のことだったが。
 夫の実家を建て替えたときは、棟上げの日が社員旅行に当った。しかも幹事の役目が回ってきたとかで、バスの手配や部屋の割り振りなど、楽しんでいるようにしか見えなかった。しょうもない車内でのゲームを考えたり、夜の宴会の段取りに頭を悩ませる姿にイラッとしたものだ。そうだ、あのとき、長女がお腹にいて、姑と親戚のおばさんたちに気を使いながら台所に立つのが、どんなに大変だったことか。
「康之ちゃんはおらんとね」
「……はい、社員旅行で。幹事を頼まれたそうなんです」
 いちいち答えて腑に落ちない顔をされ、なぜ私が言い訳しているのだと恨みがましい気持ちになったものだ。
「今日は皆さん楽しんでください!」
 そのころ康之は、バスの中でマイクを握っていた。
 来月の法事の日は出張らしい。めったにない出張がなぜか狙い撃ちする。
「悪いと思っとうよ。でも本当にわざとじゃないし」
 既にソファに移動してスポーツニュースをチェックしている。
「おおっ!柳田のスイングはやっぱりすごいね」
 背中に軽くパンチをしたが全然効いていない。

 仕事の昼休みに携帯が鳴った。敦子が市の学童保育に勤めて五年になる。子どもを預かる職場の春休みはごった返している。進級、入学、転出、転入などの手続きに追われ、昼休みなどあってないようなものだ。勿論目の前にいる子どもたちへの対応が第一だ。けんかや悪ふざけなど、小さなトラブルが大きな事故につながるので油断できない。狭い空間で集団生活を余儀なくされては、怒りをぶつけたくなる子がいてもおかしくない。待機児童問題はテレビでも新聞でも、そして選挙演説でも、しょっちゅう取り上げられるが、待機児童は待機保護者の間違いだと敦子は思う。殆どの子どもは家でだらだら、のびのびしたいに決まっている。預ける先が決まろうが、待たされようが、一番頑張っているのは役所でも、親でもなく、子どもたちなのだろう。自分も含めて大人はそれを忘れてはならないと敦子はいつも肝に銘じている。
 広い空間と手厚い保育、そういった恩恵にあずることが出来るのは民間のリッチな施設にお金をつぎ込める一部の家庭だけだ。食事や習い事まで、お金さえ出せばいくらでもオプションを望めるのは保育の世界も同様だ。それがすなわち子どもの幸福かと問われれば、それはまた別問題であるのだが。敦子は決して整然としていない、足りないことだらけ、問題だらけの公立学童がなぜか辞められない。外遊びが思い切り堪能できるのは小学校敷地内にある、公立学童だけだ。子どもの時間はお金では買えない。
 そんな状況下、携帯電話はいつもロッカーにしまっているが、昼休みだけは着信の確認をするようにしているのだ。しかし家族は敦子の状況を知っているので滅多にかけてくることがない。康之からの着信に嫌な予感がした。

「忙しい時にごめん。今日異動があってね、大阪に行くことになった」
「はあ」
 よく呑み込めずに間抜けな声が出てしまった。
「一緒に行ってほしいのはやまやまだけど、今は単身赴任になるよね。あ、また帰ったらゆっくり話そう」
 まだ大学受験を控えた菜見子がいる。転校は無理だ。百合子は来年の春には就活を始める予定で、アルバイトにも忙しい。食事ひとつとっても当てにはできない。和人は県外の大学に行くことが決まっている。年に二回程しか帰省しないだろうから手はかからないが、頼りにはならない。夫の両親も近くにいて心配な年齢だ。特に姑は入退院を繰り返している。犬のアカネもつれては行けない。どう考えても敦子が家を留守にするわけにはいかないだろう。

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