靴を脱いで部屋に上がった。玄関から入ってすぐ左側にはトイレ。扉が少し開いていた。それを見て唐突に思い出す。昔、あのボロ家に引っ越してきたばかりの頃。便所の扉が壊れていていつも少し開いていた。私はそれが怖くてしかたなかった。お化けがいるんだと本気で思った。あの頃とは違う、綺麗な木目調の扉、金色のドアノブ。それを握り、中を覗いてみる。
その瞬間、せっけんの匂いが鼻をかすめた。明かりを点けてみる。オレンジ色のほわりとした照明の中、実家と同じ消臭剤がポンと置かれていた。
匂いは記憶と直結しているって聞いたことがある。私はいつだって思い出すんだ。せっけんの匂いを嗅いで、母の想いに感謝するんだ。