夫は私の見立て通り、実に強者らしい性格で、自分の家族を辞めようとする妻への出費を、見事最低限に抑えてみせた。確保出来たのは、娘が高校を卒業するまでの養育費と、雀の涙ほどの慰謝料だけだった。
私とは事情が違うけど、母は夫と早くに死に別れ、女手一つで子供を育てた。そういう家庭の大多数の例に漏れず、私は高卒で大学には行かなかった。卒業後いちおう就職はしたけど、幸か不幸かすぐに旦那に出会って結婚したせいで、社会経験もろくに無い。
そんな私なので正社員として雇ってくれるところはまず無かった。今はスーパーでレジ打ちの仕事をしている。娘の養育費と合わせて、なんとか暮らせている状況だ。暮らせはするけど、貯金は出来ていない。このまま行けば、柚も私と同じで高卒だろう。学歴か特別な才能でも無ければ、基本、時間が長く体力的にキツイ仕事にしかありつけない。
良い人と結婚できればいいけど、男が皆クズだとは言わないけど、他人に運命を委ねたからこうなっている身としては、女の子は結婚すればいいからなんて楽観は出来ない。娘の将来を思うと不安で堪らない。だから、考え抜いて離婚したはずなのに、
「私がもっと、我慢するべきだったのかな」
私の忍耐力不足のせいで、柚にしわ寄せが行くことになったらどうしようと、ふとした瞬間に後悔が噴き出す。そんな娘の情けない告白に母は、
『……私はあんたより年は食っているけど、あんまり頭は良くないから、何が正しいのかなんて分からないけど』
母は淡々とした、だけどとても真面目な口調で、
『アンタは精一杯頑張ったわよ。頑張りすぎるぐらい、頑張ったわよ』
「…っ」
その言葉に胸の中に溜まった色んなものが、こみ上げそうになった。それをグッと堪えていると、母は続けて、
『もし辛かったら、柚を連れて母さんのところに来たっていいんだからね。そうすれば家賃だって浮くし、家のことだって柚の世話だって母さんが助けてあげられるんだから』
思いがけない提案に私は、
「いや、再婚したばかりの人が何を言ってんの。せっかく良い人と出会えたのに、血の繋がらない娘と孫なんか家にあげたら、旦那さんに逃げられちゃうよ」
心配をかけたくなくて、敢えて冗談っぽく返すと、
『その時はそれまでの人だったってことじゃないかしらねぇ』