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国際短編映画祭につながる 短編小説「公募」「創作」プロジェクト 奇想天外 BOOK SHORTS

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『柚は幸せの素』守村知紘


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 母に心配をかけたくなくて、慌てて言い繕おうとした。しかし話している内にまた、

「……ただそれは私のレベルの満足であって、柚からしたら、前の生活の方が…あの人と暮らしていた頃の方が良かったのかなって」

 誰にも言うつもりがなかった迷いを、気づいたら口走っていた。

 別れた旦那は私より五歳年上の自営業者だった。高卒で学歴は無いものの、根性と商才のある人で、なかなか羽振りが良かった。ぶっちゃけ、彼を愛してと言うよりは、この人について行けば食い逸れないで済みそう、という動物的な惹かれ方をして結婚した。自分の力で生存競争を生き抜く自信が無かったから、人に頼ろうとしたのだ。

 彼が強い人だったのは間違いない。だけどあの人には、人に対する思いやりが、とっても欠けていた。付き合っている時は優しかったけど、結婚すると遠慮が無くなり、家政婦として従業員として酷使された。自分が伴侶として愛されているのか、それともタダで使える労働力として見られているのか分からず、精神的にも辛い日々を送っていた。

 せめて子供には良いお父さんなら良かったけど、彼は自分の趣味や友達付き合いの方が大事で、日付が変わる前に帰ることはほとんど無かった。娘の誕生日さえ一緒に祝ってはくれなかった。彼が本当は友達と飲み歩いているのを知りながら、「どうしてお父さんは帰って来ないの?」と聞く娘に「私達のためにお仕事を頑張っているのよ」なんて、嘘を吐かなきゃいけないのが、いちばん辛かった。

 それでも「娘が居るんだから」「私一人じゃ育てられないんだから」と自分自身を説得して、なんとかギリギリのところで耐えていた。

 だけどその我慢の糸が、ぷつりと切れる出来事があった。

 女性を不幸にする男が大抵手を出している悪事……不倫を、彼もまたしていたのだった。

 
 不倫相手は、私よりも若く綺麗な女性だった。その綺麗さは、単に顔立ちやスタイルの話じゃない。一目見て、苦労や不安とは無縁だと知れる姿。良く手入れされた髪に爪。ストレス知らずの赤ん坊みたいな肌の艶。愛される幸せと自信に満ちて輝く表情。夫が最低限しか生活費を寄越さないせいで、化粧品もろくに買えず、千円カットにしかいけない私と違い、その女は、ああ、日夜エステや美容院で磨きをかけていらっしゃるんでしょうねぇ。鞄や靴なんか、服に合わせて何個も持っていらっしゃるんでしょうねぇって見えない部分の贅沢が窺えるような女。そしてその贅沢をさせているのが、恐らく自分の夫。私には家の手伝いだからと給料も払わないくせに。娘には誕生日プレゼントも買わないくせに。

 それで、キレて、離婚した。

 相手の不倫で離婚したんだし、結婚後の待遇だって最悪だったし、慰謝料や養育費をがっぽりせしめられるものと思っていた。しかしそう言うのは、頭の良い人か、口論に強い人だけの話らしい。私のように自己主張が弱く、怒りや蔑みに晒されると思わず引いてしまうタイプの人間には、自分で商売を始めて、クリーンとは言えないやり方でも利益をあげている人から、お金を巻き上げるなんてことは出来なかった。

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