娘は笑顔で私を見上げて、
「だから、お母さんが使って」
正直、柚の申し出はありがたい。こちとら毎朝一円でも安い商品を買うために、チラシと睨めっこして付属の値引き券を後生大事に切り取る生活を送っているのだ。五百円もあれば、洗剤でも石鹸でも、靴下でも調味料でも、欲しいものが結構色々と買える。
しかし、
「ありがとう、柚」
私は感謝を込めて娘の頭を撫でながら、
「でもお母さん、欲しいもの何も思いつかないわ。だからこれは、やっぱり柚が使って」
「でも」
「気持ちだけで十分だから。柚が欲しいものを買って」
欲しいものが無いなんて嘘、分からない訳が無かった。私がしっかりしていないせいか、娘は年の割に大人びた子で、何が欲しいだの、何処に連れて行ってだの、普通の子供が良いそうなワガママをほとんど口にしなかった。
だけど私もかつては、柚と同じ子供だった。だからこの年頃の子が、可愛い文具や、綺麗なヘアゴムや、お洒落な衣料品、お人形にぬいぐるみ、漫画にお菓子と、どれだけ欲しいものがあるか分かる。柚の場合は漫画や本が好きだった。あの人と暮らしていたころは、自分達が構ってやれない分、本だけはたくさん買ってあげていた。
しかし最近は、某三大少女漫画誌のうち一冊を、月に一冊買ってあげる程度だ。可愛いからとコレクションしていた消しゴムをおろして、泣きたくなるほど短い鉛筆で宿題をする娘から、五百円巻き上げることなんて、とても出来なかった。
そんな思いから断ると、
「…うん」
柚は気落ちしたように頷いて、商品券を受け取った。
その夜。娘が眠った後、久しぶりに離れて暮らしている母から電話があり、
「ってことが、あってさ。ちょっと泣きそうになっちゃったよ」
気が付いたら、その一件について話していた。母はそれに、
『柚が良い子だから?』
「それもあるけど……普通子供が自分のお小遣い、親にくれないじゃない。そんな風に気を遣わせるくらい疲れた顔をしているのかなって。子供に心配かけている自分が情けなかったんだよ」
すると母は心配そうな声で、
『…やっぱり生活厳しいの?』
「いや、そんなことないよ」
私は自分の失言を悟りながら、
「そりゃ普通よりは、ちょっと貧乏だろうけど。カツカツではあるけど、なんとか毎月赤字出さずに済んでいるし。安物だけど、たまには新しい洋服だって買ってあげられるし」