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『さびしいサラダ』もりまりこ


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 デパ地下はまるで雑踏だと思う。とくに閉店時間が延びてからのこの何年かはそんな感じがひしひしとする。どこの雑踏もいつのまにかするするとすり抜けられる術を身に着けてしまったけれど、ここは別だ。
 呼吸がくるしくなってくる。ひととひとが犇めいていて、改札を抜けるあたりでいきなり肘を掴まれて、見知らぬ誰かに名前を呼ばれるような、そんな感覚に似ていた。
 事務所でエプロンをつけて少し小走りになっている。さっき腰のあたりの布ベルトをきつく締めすぎたみたいで、歩くたびにそれが腰に響いてきて痛かった。
<ベジルド>にぎりぎり到着して、すぐさま薄いビニール手袋をはめているとチーフの黒木さんが自分の時計を指さしてぎりぎりだよって視線を寄越す。
 でもあくまでもその腕時計はお客さんには見えないし、顔だって通路を歩く買い物客に笑みを送りながらの、技あり接客術だったけど。
 栞もいらっしゃいませって声に出しながら、その合間に黒木さんにすみません系のつもりで頭を下げた。
 ラディッシュやパプリカなどいくつもの野菜の名前が、レリーフされている硝子の壁の奥には、作業ブースがある。ミブナとチキンのサラダ用のミブナをもうすぐ研修明けの山根君とちぎる。作業中はマスクをしなければならないから、山根君とは何かしらアイコンタクトだけでつながってる。山根君のことはよく知らないけれど、時折妹さんのバイクの後ろに乗っかって帰ってゆく姿をバイト先の誰もが見かけたことがあって。仲いいねえ、今時ねぇみたいな話をおばさん達がはなしていたことがあって、ほんとですねぐらいの返事をしたことがあったような気がする。
 いつだったか透に山根君っていう男の子がいるんだ、妹さんと仲良くってさって言ったら、ミヤザワケンジみたいやなって言ったので、透との間では山根君は<ケンジくん>になっていた。
 でも最近、山根君は山根君だ。<ケンジくん>というあだ名を共有できる透はいなくなったので、山根君は山根大地くんのままだ。
 マスクの下で山根君が深いため息を漏らしたのがわかった。マスクの表がすこしだけ膨らんで、すぐに凹んだ。視線を少しこっちに寄越す。眼差しを栞なりに訳す。
<やれやれ 午後一 しんどくねぇ?>
 山根君のこの礼儀正しさからほど遠いようなぶっきらぼうさに、時々栞は救われる。
 なんとなく、視線だけでつながる。
 ちらっと黒木さんがブースの外から栞たちふたりを監視していた。
 でもすぐさまおばさまらしき人に、人の好さと親切心だけがウリのような顔をして接客していた。

 ミブナ。たぶん植えられている時の空に近いほうのギザギザのあるところを見てると、じぶんがきりぎりすとかバッタとか飛ぶ虫になった気分になる。

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