「まあ、そうかも知れないけど… こっちは大人なんだし。喧嘩両成敗ってことで」
「しかたないわねえ…」と彼女は、二階に上がっていった。虹希の部屋のドアをトントンと軽くノックして、
「虹希ちゃん、お母さんだけどちょっと部屋いれてね」
中からなんの返事もない。そっと彼女は娘の部屋のドアを開けた。とたん娘は勉強机に突っぷした。突っぷす娘のうしろに立って母親は言った。
「虹希ちゃんさっきはごめんね。お母さん謝るわ。ヘアピン探してみるから、あなたももういっぺん最後にどこに置いたかよく思い出してみなさい」
「絶対洗面台の横の窓の下に置いたもん」
突っぷしたまま虹希が言う。
「そう、おかしいわね。とにかくお母さん探すから。はいはい、機嫌なおして。もうすぐごはんだからね、今晩はあなたの好きなカルボナーラよ」
部屋を出るとき母親は、ふり返り中をぐるり見まわし、妹のそれとは違いよく整理整頓されていることに感心した。
家族四人食卓を囲む。食卓の上には先ほど母親が言ったようにカルボナーラが取り分けられ、中ほどにカプレーゼと市販のマルゲリータが皿に乗る。大人二人のコップにはテーブルワインが注がれている。夕飯の準備がととのったようだ。
父親が両の拳を肩から上に上下させ、
「いただきマッスルマッスル!」とやる。
いつもなら一緒にノリノリに乗ってくれる七海なのだが、今晩はやってはくれるものの今ひとつ乗りが悪い。虹希が嫌な顔をして言う。
「もうやめてよ恥ずかしい」
「なにが恥ずかしいんだよ。別に知らない人がいるわけじゃないし家族じゃないか。なんかお父さん寂しいなあ」
「子供達も大きくなってきてるんだし、もうそろそろそう言うしょうもないこと辞めたら? 」と妻に言われ夫は、
「そうかなあ。そんなにしょうもないかなあ……」少し悲しい顔になった。
「わたしは嫌じゃないよ」七海がフォローする。
「だろっ」と父親にこりする。
「まあまあ、とにかくいただきましょう」母親が言った。
好物を前にしても虹希は時折ふぅとため息をこぼし、一向にすっきりしない様子だ。七海もいつものようには元気がない。ワインを口に父親は、どうしたもんだと首をひねる。
「そう言えば虹希、お気に入りのヘアピンなくしたんだって。新しいの買ってやるから元気だせよ。もっと他にいくらでも良いやつあるよ。さあさあ機嫌なおして、なっ」
気を使ったつもりの言葉が逆に虹希を怒らせた。
「そう言う問題じゃない! 誕生日に大切な友達からもらったやつなんだよ、お父さん何にもわかってない! 新しいの買えば良いってものじゃないでしょ!」