「あのこ心配性だから折りたたみの傘持ってったわよ。それより朝からヘアピンがないとかなんとか、どうせ自分で置き忘れたんでしょうに不機嫌でいやんなっちゃう」
「……」七海はなにも言えなかった。シフォンケーキを食べてもなんだか味がしなかった。母親に本当のことを話す勇気が完全に折れた。味のしないシフォンケーキを食べながら、おねえちゃんごめんね、と心のなかで何度も頭を下げた。おやつが終わるとすぐ宿題をすると言ってまた二階に上がった。
六時を回ったころ虹希がただいまも言わずに帰ってきた。雨はだいぶ小降りになっていた。バタンと玄関がしまる音が二階まで響いた。姉が帰ってきたんだと七海は知った。
「おかえりなさい。雨大丈夫だった? 」
母親が虹希に言うと開口一番、
「ヘアピンあった?」と、つんけんして聞く。
「えっ、知らないわよ。探してないし」
「探してくれたっていいじゃない。なんで探してくれないの」
「お母さんにあなた探しておいてなんて言ってないでしょ」
「言わなくても探しておいてくれたっていいでしょ。お母さんぜんぜん優しくないんだから!」
「帰ってきてそうそういったいなんなの、もう!」と、どんどん声が大きく喧嘩になっていった。
一階で二人言い争う声が七海の耳にも届いた。自分のせいだと思った。胸が締めつけられた。はやく本当のことを言ってあやまらなければいけないと、ますます感じた。だけどなかなか勇気が出そうになかった。
どんどんどんと階段を上がる大きな足音がした。
「お母さんったらもうっ!」
吐きだすように言って、虹希は自分の部屋にはいった。はいるとき荒々しくドアをしめた。その音に七海はびくりとした。
七海がトイレへいくのに自分の部屋をでると、となりの部屋で姉が、しくしくすすり泣いているのが聞こえた。ああみえて姉がわりかし泣き虫なことを妹は知っている。妹は姉がかわいそうになった。そして姉がかわいそうになった原因を作ったのは誰だと言えば、妹である自分自身なのだ。七海はなんともやるせなくなった。そして抱える嘘に自分自身苦しめられた。
七時前に仕事を終え父親が帰宅した。
ねえあなた聞いてよ虹希ったらね… と、妻は夫の帰宅そうそう、娘と口喧嘩したことを話した。
「なんだよ夕飯前に嫌だなあ」
「いつものことよ」
「おまえ虹希にちょっと謝ってきたら?」
「なんでわたしがあの子に謝らなければいけないのよ」