僕が言ったものが実際に現れてしまっていることだ。
もし次に『パウパウサウルス』(本当にいた恐竜)と言ったら出てくるかもしれない。
でも言わなくてはいけない。
誤魔化すのは止そう。
そう思いながらもまだ照れがあって、少しボリュームを上げただけで口にした。
エンジンをうるさくした原付が横を通り過ぎてかき消されてしまった。
せっかく勇気を振り絞ったのに。
人を邪魔するような大人にはならないと心に決めた。
原付のエンジン音がまだ耳に届いている。
もう一度言おうか迷っているとお母さんがこちらを向いた。
「パパ?」
タッくんの耳が動いた。
まさか聞こえていたとは思っていないので動揺してしまう。
「えっ、えっとパ、バッハ。バッハだよ。僕好きなんだバッハ」
また誤魔化してしまった。
ごめん。
タッくんががっかりしたのが分かった。
原付のエンジン音が完全に消えて静かになった。
ヴァイオリンの音が鳴り響いた。
タッくんが車を止めて、脇を見る。
僕とお母さんもそちらを見る。
夕焼けのキャベツ畑の真ん中で頭に羊を置いたようなおじさんがヴァイオリンを演奏している。
「G線上のアリア…。バッハ…?」
お母さんが呟いた。
「さすが元吹奏楽部」
タッくんが呟いた。
「そういうことじゃないでしょ」
車はバッハを置いて通り過ぎた。
オーマイガー!
僕が言ったことが本当に形になってしまっている。
困った。
何てことだ。
『お、と、う、さ、ん』のたった五文字、『パ、パ』のたった二文字が言えないために色んな力(神様?)が働いてしまっている。