彼女がその屋敷に後妻としてやってきたのは、ちょうど30歳の年のことだった。前夫が病気で亡くなり1年たって喪が明けてから、人の紹介で今の夫との縁談が持ち上がった。今の夫も2年ほど前に妻を亡くしていた。連れ合いに先立たれた下級貴族同士ということもあり、周りにおされるままにふたりは再婚することになった。
彼女と12歳と10歳の娘が荷物とともにその屋敷に着いた時、夫とその8歳の娘と使用人たちが出迎えのため門で待っていた。見るべきものはたくさんあった。肖像画でしか見たことのない夫の風貌とそのたたずまい、庭の手入れ具合、屋敷の間取りの把握、家具調度品の確認、使用人の把握、その他もろもろ。しかし、最初に視線が夫の隣にいる娘に向いたその瞬間、彼女はそれにくぎ付けになった。
輝く金色の髪が目に飛び込んでくる。そして白い肌、ピンク色の頬、ばら色の唇、そして深い湖のような蒼い色の瞳。なによりもギリシャ彫刻のような顔立ち。
・・・なんと美しい・・・!なんと可愛らしい・・・!なんと可憐な・・・!
息を呑むほどの美しさ、まぶしいほどの美しさというのはこのことかと彼女は思った。これまでこれほどの完璧な神の創造物を彼女は見たことがなかった。しばらくまじまじ見つめてしまったことに気づいた彼女は、少し恥ずかしく思いながらふうっとため息を漏らし、満面の笑みをたたえてこう言った。
「なんてお可愛いお嬢ちゃまですこと。今日からあなたのお母さんになります。よろしくね」
少女は花のようににこっと微笑み、少し首をかしげながらぴょんと腰を下げて
「よろしくお願いいたします、お母様」
と丁寧にあいさつを返した。そのしぐさは見事なまでに愛くるしく、思わず抱きしめたくなるほどだったが、かろうじて彼女はそれをこらえたのだった。
新しい夫は貴族としては貧しいながらも精力的に働く人で、常に領内を視察に訪れるため、不在がちであった。数日間いないことはざらで、何か問題があればひと月もいないこともあり、それも珍しいことではなかった。いきおい家庭の主人は彼女が担うことになった。