小説

『シンデレラの継母』泉谷幸子(『シンデレラ』)

 おそらく、と彼女は考える。シンデレラは聡明すぎるのだ。何か考えを抱えていても(抱えているに違いないのだが)、それをおくびにも出さない聡明さ。おくびにも出さないようにしているとすら感じさせないほどの聡明さ。シンデレラにはそれがあるのだろうと。
 月日は流れるように過ぎて行った。夫は相変わらず不在がちだった。たまに家にいる時はシンデレラは姉たちと同じような服を着て普通に生活するので、夫は普段娘がどのようであるかを知ることはなかった。シンデレラも使用人たちも何か夫に訴えることはないようだった。

 長女が19歳、次女が17歳、シンデレラが15歳になった年のこと、その国の王子様のための舞踏会が開かれることになり、下級貴族の彼女の屋敷にも招待状が届いた。夫が不在のため彼女が娘たちを連れて行くしかなかったのだが、当然普段着で行くわけにはいかず、上等なドレスを新調しなければならない。が、そのためのお金がどう計算しても足りないことに、彼女は悩んでいた。4人分は無理でも3人分ならなんとかなりそうだ。いや、宝飾品を売り払ってでも3人分はなんとかしなくてはならない。彼女はとうに年ごろになっている長女と次女のことが心配であった。王子様のお相手などと分不相応な期待はしていないが、招待されている貴族の中にはもしや娘たちを見初める物好きもいるかもしれぬ。シンデレラはまだ幼いうえ、その美貌と気品と聡明さで、放っておいても引く手あまたになるだろう。
 姉ふたりだけが舞踏会に出席することを聞いたシンデレラは、羨ましがるわけでもなく妬むわけでもなく悔しがるわけでもなくいたって平静で、まったく彼女の予想通りだった。反対に長女と次女の騒ぎようといったら、見ているほうが情けないくらいだった。ふたりとも、王子様にダンスを誘われたらどうしようなどとありえない妄想を次から次へとくり広げ、王子様の取り合いを巡って互いに罵りあうほどであった。
 そして舞踏会当日。彼女と姉たちは城に着き、通された大広間の豪華さやほかの貴族たちのきらびやかなドレスに目のくらむ思いで、壁ぎわから離れられないでいた。楽団の奏でる音楽が一段と華やかになったところで王子様がお出ましになったのだが、さすがの長女や次女もその気品あふれる姿に圧倒されたようで、人と人の間からおずおずとのぞき込むだけで満足な様子であった。

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