小説

『トロフィー・ワイフ』村越呂美(『飯食わぬ女房』)

 裕福で、整った容姿で、40歳を過ぎても華やかな独身生活を楽しんでいる。そういう木原のような男が、いよいよ結婚すると聞いた時、たいていの男は、苦笑いを浮かべてこう思う。
──これからは、あいつも人並みの苦労をするがいい、と。
 けれど、それは許される範囲の悪意と言ってもいいのではないだろうか。私達は何も本気で彼の不幸を望んでいたわけではないのだ。ただ、中年になってから結婚する恵まれた友人への、少しばかりのやっかみとからかい、そして、いよいよ自分達の青春もこれで終わりか、といういくばくかのせつなさが、私達にそんな言葉を吐かせただけだ。
 確かに木原には、金持ちでハンサムな男特有の、いけすかないところがなかったわけではない。
 恋人を木原に寝取られた、人前で木原にからかわれたことで、仕事の取引がだめになった、そんな被害を訴える者もたくさんいた。
 それでも木原は、私達の幼なじみであり、人並みに欠点はあるものの(たとえば、女に手が早いとか、時間にルーズ、とか)、基本的には思いやりのある、素直で、心の優しい男だ。
 だから、私達が木原の結婚を心から祝福していないように見えたとしても、それはただの友達同士の悪ふざけで、彼の不幸を本気で望むようなことは、絶対になかった。
 それだけは、ぜひとも信じて欲しい。
 木原は私の小学校からの友人だ。その頃からの仲間5人のつきあいは、中学、高校、大学を経て、仕事を持つようになっても、細々と続いていた。
 私達は大学も、仕事も違うのだが、小学校から高校まで同じ附属の学校に通っていたので、物心ついてからずっと、あたりまえのように一緒に過ごしていた。友人というよりもむしろ、親戚づきあいに近い関係かもしれない。
 私達の通っていた学校は、キリスト教系の男子校で、受験校としてそこそこに有名だ。海外に留学する者以外、ほとんどの生徒が大学受験をし、その多くが一流大学に進学する。
 木原を中心とした私達のグループは、特に勉強熱心というわけでもなく、そうかと言ってスポーツをするでもなく、特別な趣味(たとえば、音楽やアニメに夢中になるとか)もなく、近くの女子校の女の子達とカラオケや海に遊びに行ったり、誰かの家に集まって、だらだらと過ごすという仲間だった。遊び人ではあるけれど、親や教師に目を付けられるほどの不良というわけではない、という、なんとも中途半端な若者だったというわけだ。
 高校3年になると、それぞれ「大学には、ちゃんと行かないとな」ということで、それなりに受験勉強をした。私と仲間は理系、木原だけは文系の進学クラスに進んだ。

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