小説

『浦島先輩と太郎』大前粟生(『浦島太郎』)

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 俺たちが亀をいじめていると浦島先輩がやってきた。
「なにしてんの?」
「ちっす。浦島先輩ちっす」
「浦島先輩、こんちゃーっす」
「うん。なにしてんの?」
「あぁ、あの、亀を」
「へぇ、俺も混ぜてよ」
 そういって浦島先輩は亀に殴る蹴るなどの暴行を加えた。まだほんの小さい亀だ。俺たちもさっきまで棒で叩いたり石でこづいたりしていたが、浦島先輩のやり方にはぞっとする。甲羅をひきはがして、おしっこをかけている。
「おい」と浦島先輩がいった。少しも笑っていない。楽しくないみたいだ。
「え?」と俺たち。
「だれ?」といって浦島先輩は顎をしゃくったが、うまくしゃくれていない。
 浦島先輩が指した方を見ると、ひとりの漁師がこっちに歩いてきていた。太郎だ。漁師といっても、太郎は漁船なんかに乗ったりはせず、一日中小舟に乗って釣り糸を垂らしている。
「あぁ、あいつっすよ。あいつ」
 俺たちは太郎のことを太郎とは呼ばない。浦島先輩と同じ名前だからだ。いつか、あいつのことを太郎と呼んだ後輩が浦島さんに睫毛を抜かれた。
「あいつ?」と浦島先輩がいった。
 浦島先輩だって、太郎のことを知っているはずだ。でも、浦島先輩はちょっとやばい人だから記憶がないのかもしれない。
「はい。あいつです」
「あいつってだれよ」
「ほら、あの、いつも舟に乗ってる……」
 と、太郎が俺たちに向かって声をかけてきた。
「きみたち。ねぇ、きみたち。なにやってんの?」
「やります? あんたも」と浦島先輩が答えた。

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