小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

 子供の頃、僕の世界は自転車で片道1時間圏内が全てであった。
 大人になった僕は、俗にいう世界がとてつもなく広いという事を知る。
そして、何故か産まれた土地から何千キロも離れた縁もゆかりも無いこの村へと流れ着く。

 多分町の中心部。大きく開けた広場からは眼下に広がる海が地平線までくっきりと見渡せ、漁村の船が忙しそうに港を行き来している。時折風に乗って聞こえる男たちの怒声と磯の香りが新鮮で、疲れた体に気持ちが良い。暖かな午後の日差しの下、ミルクフランスを頬張りながらボンヤリと広場を眺めてみる。少し固いパンに柔らかいミルク味のクリームは空っぽの胃には少し重かったが程よい甘さでほんの少し優しい気持ちになれるので不思議だ。向こうのベンチで寝ているおっさんのずれたカツラでもそっと直してあげようか。
 海から目を離し後ろを向くとうっそうとした山が、まるで村を囲むでかい檻のように黒々と構えている。
 切り離された村。改めて遠くまで来てしまったのだと思い知らされる。

 そしてもう一度、昨夜は暗くて気付けなかった広場のモニュメントを改めて見やる。その中央には何故か、羊を抱えた狼と大切な羊を振り返りながらも必死に逃げる少年の像がでかでかと飾られているのだ。
 太陽の日差しを受けたその像は表面をキラキラと輝かせ目の奥を刺激してくる。
 目を細めながら見やるその像はきっと
 きっと、
 オオカミ少年…だろうか。

 ―嘘をついてはいけません
 思い返せば子供の頃、僕はまさに狼少年であった。
 親のいない子供達の集まった規則の厳しい児童養護施設は養護というのは名ばかりで、あそこの大人達はその日どの馬が一番早く走ったのかと規則を破った子供をどう痛めつけるかにしか興味が無かった。
 なので僕は事ある毎に嘘をほら吹き大人達を混乱させては、普段子供のする事全てに訳知り顔ですましている彼らの冷静さを失い慌てふためく滑稽な様子を眺める事が唯一の娯楽であった。
 ただ僕の場合、同じ境遇故に結束の強い仲間がいたために寂しいなんてことはなかったので、この少年の様に人の関心を得たい寂しさから来た嘘ではないという点だけは言っておこう。

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