小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

「ううん。どこのお家の人?」
「いや、ここに知り合いはいないんだ」
 危害を加えないだろう事が分かると子供たちは好奇心いっぱいの目で次々にヨウへ詰め寄ってきた。
「何しにきたの?」
「1人で来たの?」
「そのパンおいしいでしょ?」
 人生でこんなに子供からモテたのはこの時が初めてだろう。
「何だろう黄昏に?」
「たそがれ?」
「心と体をお休みしに来たの」
「お兄さんどっか病気なの?」
 不安げにこちらを覗き込む彼らに少し意地悪したい気持ちが働き、わざと大げさにおどけてみせる。
「そう、不治の病でもうすぐ死んじゃうんだ」
 すると子供たちが皆、目を見開き息を飲む音が聞こえた。
 その場の空気が凍るとはこの事か
「え、マジにすんなよ、冗談だからな、ジョーダン」
 分かる?じょうだん?と立ち上がり、慌てて自分の言葉を否定する。
 子供たちはきょとんとした顔でヨウを見つめる。
 ジョーダンってなあに?とでも言いたげな表情だ。
「全然どこも悪くないし元気元気!」
「ふぅーん」
とどこか気の抜けた表情で返される。
 小学生ってこんな純粋なんだっけ。
 どうでもいいやという風にぽっちゃりのおちびさんが急に話題を変えてきた
「お兄さん恋人いる?」
「いないけど…」
「あのね、たかちゃんはね、みきちゃんと恋人なんだよ」
 たかちゃんと指差された10歳くらいの男の子は顔を真っ赤にして否定する。どうやらみきちゃんはこの場にいないらしい。

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